蒼き狼の血脈/小前亮著

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「蒼き狼の血脈」  小前亮(1976年生)著
帯広告:モンゴル騎馬軍団を率いて空前の大遠征を指揮した男の生涯
2009年11月25日 文芸春秋より単行本初版 ¥1667+税

 

 帯広告の裏面には、「チンギス・カンの長子ジュチの子でありながら、父の出生疑惑を理由に後継者候補からはずされたバトゥは、暗闘をくりひろげる一族に背を向け、ひたすら帝国の拡大に力を注ぎ、モンゴル高原から遠く地中海まで遠征し勝ち続けた名将にして賢明なる王(サイン・カン)と呼ばれた男の鮮烈な生涯」とあり、本書が西方面への遠征と戦に専念し、カルパチア山脈を越え、ロシア、ブルガリア、ハンガリー、ポーランドにまで踏み込んで支配権を確立したバトゥという男を中心に描いた小説であることが判る。

 全ヨーロッパが「タタールのくびき」「地獄の民」などという言葉で恐怖したモンゴル人の代表ともいうべき人物がバトゥという男であった。

 一方、モンゴルが一大帝国を築くにあたって、最大の武器としたのは、裸馬を乗りこなし、スペアの馬を二、三頭ともない、途次には馬を取り替える場所をつくり、情報伝達にも卓越したものを考案、確度が高く飛距離のある弓矢を放ちながら、疾風の如くに駆け、襲い、必要とあらば殺戮することにも逡巡せず、多くの国を支配下に治めた。そういう印象が抜きがたくある。そのうえ、チンギス・カンの孫にあたるクビライが中国の南宋を攻略し、「元」という国を樹立、その間、海を隔てた島国、日本にも二度侵略の手を伸ばしながら、ほとんどあっという間に滅びていった後はまったく音沙汰のない民族と化したという印象も強い。

 つまり、モンゴルも、モンゴル帝国も、「一陣の風」といったイメージでしか脳裏に浮かばない。理屈をいうなら、牧畜民族が農耕民族を治世することは難しく、戦には強くても、民を治める智恵の欠落を露わにしたのが史実である。

 であれば、西域支配に力を揮ったバトゥという男の生涯を描く上で、まるで知性と教養に裏打ちされているかのような会話が延々と連続するストーリーのあり方そのものに違和感が強く、当時のモンゴル人の特質である「速度」を感じないことも納得できない。「粗野」、「野蛮」、「野卑」、「酷薄」というような言葉こそが彼らに似つかわしく、品のよいおしゃべりなどとは縁はなかったはずだ。

 そのことは、バトゥによるキプチャプ・ハンの興国により、ロシア人に文盲が増え、文化水準が低下したという史実によっても明らかである。

 バトゥという人間の戦略的才能や男らしさが、冗漫なストーリー展開によって大きく阻害され、モンゴル帝国のイメージをも毀損してしまったのは、だらだらと継続する会話に多くのページが割かれたことにあるのではないか。内容は真実から遠く離れた、現実感の希薄な、嘘くさい臭気のふんぶんと漂う創作になっている。

 折角の労作にケチをつけたようで申し訳ないが、以上は正直な感想。


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