裏から読むとおもしろい日本の歴史/歴史の謎研究会編

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

裏から読むとおもしろい「日本の歴史」 ¥476+税
歴史の謎、研究会編
青春出版社 2009年11月9日初版
帯広告:あの名場面の「謎解き」から、気になる「歴史秘話」までとっておきのネタを一挙公開

 

 日本史にどの程度まで親しんでいるかによって、つまり「既知」の内容の多寡によって、「まさか」と思う内容も異なるだろうし、「どうでもいい」と思われる内容もあるだろう。

 私がおもしろいと思ったことや記憶に残ったことを、例えばということで以下に記す。(  )内は私の意見、ないし感想。

*日本に多いといわれる『心中』は1703年に近松門左衛門が書いた「曽根崎心中」によって火をつけられた。

*火薬の原料「硝石」は日本の地下には存在しない資源だが、江戸時代、武家屋敷では便所の床下から採取した。糞尿が土壌にしみ出すと、微生物の作用によって硝酸カリウムが生成され、これを抽出すると硝石が得られた。地下資源に硝石がないという点では欧州のドイツやフランスも同じだが、両国ともに同じ時代、日本と同じ抽出方法を開発していた。

*17世紀にアンコールワットを訪れた日本人は、遺された落書きにより、少なくとも14人はいた。

 (日本の武士が同地を訪問したことは知っていたが、14人もいたというのは初の知見)

*5世紀後半、大和政権が統治していた加羅のうちの4か国について、百済の支配圏を認めた。当時、北部を支配していた高句麗が南下し、百済や新羅への侵入を開始したため。

 (この文からは日本が朝鮮半島の一部を統治していたのかと思ったが、事実はどうやら滅亡寸前の百済を大和政権が国内に受け容れたということらしく、加羅は日本国内の地名らしい)

*日本に梅毒が持ち込まれたのは鉄砲伝来より早く、それは倭寇の仕業。

 (長いこと、梅毒は江戸末期に白人が持ち込んだものと思っていた)

*スペイン風邪は1918年~19年、第一次大戦中に流行し、世界を席巻。人類が初めて遭遇した「インフルエンザ・パンデミック」で、当時の世界人口、18億人のうち6億人が感染し、5千万人が死亡した。日本の人口は5千5百万人だったが、2千3百万人が感染し、48万人が死亡。

*秀吉は日吉丸から始まって、生涯に何度も名前を変えているが、最後の「豊臣」という姓は時の天皇から賜った。

 (姓名を何度も変えた背景には、秀吉の出身に対するコンプレックスがあったのではないかと思っているが、どうだろうか)

 以上のような話が、およそ150前後の見出しのもとに紹介されている。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ