覇権か、生存か/ノーム・チョムスキー著

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「覇権か、生存か」-アメリカの世界戦略と人類の未来
ノーム・チョムスキー著  鈴木主税訳
集英社新書  ¥950  2004年9月初版

 

 著者はアメリカ生まれ、マサチューセッツ工科大学教授。

 アメリカで育ち、アメリカで教育を受けた人物が、アメリカ政府の政策、ことに軍事行動に対し、これだけ鋭く、これだけ厳しい批判ができる国、それがアメリカだということをあらためて認識した。「華氏」を映画化した監督がTVカメラの前で「Bush, Shame On You!」(ブッシュよ、恥を知れ)といえる国なのだ。

 内容は時事問題が多いため、必然的に新聞の社説を読んでいる印象があり、ことにアメリカの独立後の歴史について知悉していないと、しばしば作者の意図に理解がおよばず、眠気に襲われる。

 数年前に、「Bush At War」という本をアメリカの友人宅で原書で読んだとき、ラムズフェルド長官のタカ派ぶりと好戦的な態度がことさら目立ち、それが脳裏に残っていて、本書を読ませるきっかけとなった。

 著者はいう。「もし、ワールドセンタービル2棟が破壊され、5千人が死んだことが、アフガニスタンを爆撃、砲撃し、無辜の市民を巻き添えにして数万人を殺害する正当な理由になるのなら、ラテンアメリカのニカラグアやキューバが過去にアメリカから受けた被害から想定して、マンハッタン全域を廃墟と化す攻撃をしてもよいし、その権利がある」と。

 冷戦時代、アメリカの代々の大統領は中南米が共産化することを極度に恐れた。結果、中南米のどの国にでも共産化に反抗する人物がいれば、その人物がいかに残忍で利己的であっても、経済的、軍事的に支援し、為政者の転覆を図り、当事国の領土を破壊し、市民を殺戮した経緯がある。すべて、アメリカの誇るCIAの暗躍によるもの。

 これらについての真相は、アメリカの新聞も書かず、したがってアメリカ市民にも知らされず、被害を受けた当事国の市民だけが衝撃と憎悪の記憶を消さぬまま現在に至っている。そういう事実、史実をわたしたち日本人はまったく知らない。 だから、アメリカの9・11テロは、ラテンアメリカの人々にとっては、「自分たちの国がアメリカにやられた被害に比べたら大したことではない」のだ。また、その当事国に地下資源が眠っていれば、アメリカ軍はアメリカの企業のために、発掘に力を貸した。

 キューバ、ニカラグアのみならず、ブラジル、エルサルヴァドル、パナマ、コロンビアなどなどのなかでも、ニカラグアはその後も長期にわたって疲弊したまま放置された。逆説的になるが、そのような逆境にあって、キューバのカストロが転覆を狙われ、暗殺のターゲットとなり、何十回にもおよぶ攻撃(キューバからの亡命者を利用しての)にも拘わらず、今日まで生き延びたことは奇蹟に近いことで、その生命力とリーダーシップの卓抜さには驚嘆のほかはない。

 なかでも、アメリカが南アフリカを支援、けしかけて、アンゴラ(鉄鋼資源に恵まれ、元ポルトガルの植民地だった国)に侵攻させたとき、キューバはすかさず自軍をアンゴラに送って、南ア軍を撃退、退去させたことは、アメリカの為政者を歯噛みさせたことであろう。 また、「アメリカがパナマを攻撃したのは、かつて擁立、利用した将軍、ノリエガをあぶりだし、捕縛するためだったが、そのための攻撃によって多くのパナマ市民が巻き添えをくい犠牲となった」。アメリカという国は他国の人間の死にはきわめて鈍感で、かつ冷淡。

 「1998年のことになるが、クリントンが大統領時代、アフリカのスーダンのもつ製薬工場に(科学兵器を製造していると誤解し)ミサイルをぶちこんだことがあり、約1万人が殺害された。これが逆だったら、つまり、スーダンがアメリカにミサイルを撃ち込んで1万人を殺していたら、アメリカは数十倍におよぶ報復を行ったであろう。 コーカソイド(欧米の白人)にとって、ニグロイド(アフリカ人)の命などは虫ケラと同じなのだ」。 間違いなく、モンゴロイド(黄色人種)の命も同じ。

 「力による支配、先制攻撃や予防攻撃などという支配欲を法による支配のもとに抑制しようとする試みがありはしたが、歴史のゴミ箱のなかに投げ棄てられる。勝者はみずからの犯罪をあばこうとはしない。武力が法に優先するからだ。」

 「アメリカは国際連合を利用できるだけときだけ利用し、思い通りの表決が出なければ拒否権を使って無視するのが通例。1960年以降、拒否権を最も使ったのがアメリカ、次いでイギリス、フランスとロシアははるかに少ない」。(また、国際司法の裁定にも、アメリカはほとんど従ったことはない。9・11テロ事件が起こるまで、国際連合を維持する費用負担すら長期にわたって支払っていなかった)。

 「このように、一つの国が大がかりな暴力手段をほぼ独占状態にする実態は過去の歴史にはなかった。だから、アメリカのターゲットになりそうな国は手をこまねいていず、大量殺害兵器の製造に専念する。それが唯一、アメリカへの抑止力、抑止手法だからで、この傾向は今後も加速するだろう」。

 北朝鮮がミサイルを日本海に発射したのも、そうした流れのなかにある。また、北朝鮮が暴発した場合、近隣諸国(とくに韓国と日本)が受ける被害が大きいため、アメリカは手を出しにくいし、と同時に、ロシア、中国がどう動くかについて確信がもてないという事情もある。(ロシア、中国が北朝鮮をうまくアメリカとの外交に利用しているのも事実j)。

 パウエルは「アメリカは自分たちが望むとき、望む手段で、軍事行動を起こす主権を保持する」ことを強調したが、アメリカの欠点は他国の文化への無理解にあり、人の立場でものを考える習慣が欠落していることだ。一種の偏屈、一種の知恵遅れ的な民族、とくにブッシュに、そうした傾向が最も強く表れている。 西欧人にはもともと民族的な優越を広言するところがあり、東半球に住む自分たちがいずれは西半球をもわがものにすると、主張した時期があった。「民主主義と自由主義が世界最高の政治形態」だと信じ、それを他国に押し付ける単純さには言葉がない。

 私が個人的に驚いたのは、キューバ危機の時代、1962年10月、核を搭載した魚雷を「アメリカに向かって発射せよ」とのソ連軍本部からの命令指示を潜水艦の士官だった男、ワシリー・アルキポフがこれを拒絶したことがあったということ。もし実現していたら、当時、トルコにアメリカ軍のジュピター核ミサイルがソ連の中心部に照準を合わせていたこともあり、北半球は壊滅的な事態を迎えていただろうという推測である。

 アメリカに狙われる国は未開発の地下資源を所有する国で、その一例がヴェネズエラ。「当時、この国の利権を支配していたイギリスを追い出し、残忍な独裁者を擁立して支配下におき、結果、米国企業が進出し、資源の受益者は当事国ではなく、アメリカの投資家、企業家が可能なかぎり自由に独占支配した」。つい最近の、国連会議での演説で、ベェネズエラの大統領が歯に衣を着せずに、一冊の本を手にかざし、「世界の警察官を気取って、勝手なことをやっていることを」口をきわめ、ときには侮辱的な言葉をあえて使ってまでつっかかった背景に気づいた日本人はそれほど多くないだろう。その本こそ、間違いなく、本書である。

 インドネシアも例外ではない。戦後、3世紀におよぶオランダによる植民地支配から脱し、独立を果たした初代大統領スカルノの左傾した民主化政治を快く思わなかったアメリカはスハルトを支援、クーデターを成功させた。スハルトは大統領になったあとはインドネシアの石油を精製する権利まで賄賂と交換、アメリカ企業に入手させ、スハルトは自国の民に雇用の機会を与えるインフラ整備を怠った。

 「君子は豹変する」という言葉があるが、アメリカほど毀誉褒貶の激しい国は珍しい。アメリカはかつてイラクのサダム・フセインにも、ルーマニアのチヤウシェスクにも支援の手を差し伸べていたことがる。「目的のためには手段を選ばず」という俚諺はアメリカのためにあるような気さえする。

 アメリカはいまだに「毒ガスや細菌や地雷などの使用禁止提案」にもイスラエルとともに反対、環境をまもるための「京都議定書」にもこの時点ではサインしていない。明らかに、それはアメリカが化学兵器を研究しているからであり、化石燃料の使用をやめられないからであり、地雷が輸出品だからであり、環境を配慮した法はアメリカの一定の企業にとって不利益をおよぼすからだ。ことに、ブッシュの主たる票田はテキサスの石油製造会社であり、軍需産業であるからだ。

 イラクはアメリカが侵攻するまえ以上に、人民は疲弊し、生活はより悲惨なものになっている。戦後の経済的、人的支援はアメリカではなく、日本をはじめとする他国にやらせる。一部、イラクの北部にかたまって生活しているクルド人がチャンス到来とばかりに自治区のなかにある石油産出地域を独自の軍隊で守り、イラクからの独立を(トルコやイランに分散しているクルド人と協力して全うしようとしている事実が今後どう発展するのか、また、どう潰されていくのか、興味深く見守っていきたい)。

 「アメリカはいまやイスラエルを経済的にも軍事的にも援助を拡大、イスラエルはアメリカの最新兵器をほとんど所有し、核保有国としてはアメリカに次いで第二位だ」という。むろん、金融を支配するユダヤ系アメリカ人の支援あればこそだが。

 イスラエルが中近東でなにをいつやろうとも、アメリカはイスラエルの行動を擁護する。そのイスラエルは機甲部隊と空軍の12%を同盟国であるトルコに駐留させ、アメリカは中東の中心部に拠点を築きつつあり、これにパキスタンと儒教の国、中国を恐れるインドが加担、いずれアメリカは石油を自由にできるための軍事基地をあちこちに建設し、アメリカ企業のために利便を図るだろう。 イスラエル、トルコはいまや西欧の諸国にすら負けない軍事力と軍事を扱う能力とを有している。 もっとも、中国は中国で、アメリカと海軍における共同訓練などを行う一方で、近隣のウズベキスタン、キルギス、ロシアなどと新たな関係強化を進めている。さすがに、5000年の歴史をもつ国、はたして軍事力という背景を誇示できぬ日本の政治家が外交交渉をもって、これに対抗、対応できるのか。

 アメリカは今後とも、世界を支配するスーパーパワーとして君臨するために、その力を減ずる方向に転換することは決してない。その一つの証拠は、かれらの「宇宙からの軍事行動」への固執である。大気圏外を周回する衛星から世界中どこをも核搭載ミサイルを用い、ピンポイントで狙い撃ちできる準備に余念がない。

 アメリカが覇権主義への道を走り、他の文化への理解を示さぬかぎり、憎悪が憎悪を生む悪循環におちいり、テロやゲリラ活動が終息することはないだろう。アメリカがブッシュを大統領にもったことは、アメリカ自身にとっても、人類にとっても、脅威であり、不幸なことだ。

 いずれ、世界中の人がいうかも知れない。「アメリカによって支配される世界では暮らしたくない」と。

 カナダで開かれた世論調査によれば、「脅威とみなす国は?」との問いに、カナダ人の36%がアメリカ、21%がアルカイダ、17%がイラク、14%が北朝鮮と答えている。

 読後の感想としては、「世界はいまだに小学校の番長レベルの知能指数にある」こと、「戦争には正義もへったくれもないこと」、そして最も記憶に残った言葉はバードランド・ラッセルの「人類は束の間の悪夢。やがて、地球は生命を支えられなくなって、平和を取り戻すだろう」。


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