言葉の力 ヴァイツゼッカー演説集/ヴァイツゼッカー著

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「言葉の力」 副題:ヴァイツゼッカー演説集
ヴァイツゼッカー(元ドイツ大統領/1920年生)著
訳者:永井清彦
2009年11月13日 岩波書店より文庫化初版  ¥1000+税

 

 本書の裏表紙に、「その格調の高い演説で国の内外に感銘を与えたヴァイツゼッカー。在任中に、敗戦四十年を機に連邦議会で行なった演説から、日独の戦後を比較した演説まで、珠玉の11編を集成した厳しい体験と深い思索に支えられた演説は、言葉がもつ力強さを伝える」と賞賛されている。

 なかから耳目を引く発言を以下に記してみよう。

*人間は何をしかねないのか、これを我々は歴史から学ぶ。

*道徳に究極の完成はない。人間は人間として危険に曝(さら)され続ける。

*「正しくも、過てるも、わが祖国」という寸言がイギリスの植民地支配時代に生まれた。

*自らの国に故郷をもち、根を下ろすに足る人こそ、隣人のパトリオティズム(愛国心)を理解、尊重する。

*ドイツの学者がニつの大戦の反省の上に立って、新しい外交、新しい隣国の在り方から新しい平和社会を構築する。

*憲法は倫理的不毛に対抗して永遠に湧き続ける価値の泉ではない。

(戦後、アメリカから貰った憲法を後生大事に守って、内容の検討、変更をしようとしない日本人との間に哲学的な大きな差を感ずる)。

*出生率の低下の社会構成人口の老齢化、地球人口の爆発的増加は自然空間の破壊をもたらす。

(この言葉通りに、地球は変化している)。

*ドイツが世界大戦を起こした時期はドイツの歴史の過程では、ごく短期の例外的な中央集権時代であり、長期にわたってはむしろ多くの公国(領邦)が在り、互いに独立した文化をもっていた。そこには連邦主義的精神が育まれる素地があった。ECへの協力も、ナショナリズムを抑止するうえで役立っているし、ドイツは貢献できる。

*ヨーロッパ諸民族は恒常的に対立と共通性、多様化と一元化との間の弁証法的な葛藤によって特徴づけられる。二度の破滅的な戦争を経験したことでヨーロッパは互いに依存しあっているという見方が強まった。

*我々の資本主義市場の長所と弱点についての冷静な洞察を継続的に行なう必要がある。

(行き過ぎた投機社会がプライムローンを生み、リーマンショックを惹起した)。

*社会的に制御された資本主義システムこそが一層充実した社会福祉国家を成立させる。

*メディアが家族に代わって若年層に影響力を及ぼしている。人口密集地ではとくに憂慮すべき問題。

(民主主義は多数決をベースとしている。TVの視聴率も多数決に依拠し、結果的に低レベルの番組で占められ、民はメディアを通した世論に大きく影響される)。

*旧体制が挫折した原因はとりわけ経済危機にあった。そこで、彼らは西側で実証ずみの「社会的市場経済」を受け容れた。通貨問題が人の移動の自由と経済面での創意への道を拓き、競争と社会保障との法的な前提条件が整備されていった。

*アウシュビッツの謝罪から始まった敗戦後は、東西ドイツの統一の実現から以後のEUにおけるドイツの責任と自負をベースに、戦後ドイツは数百万の外国人労働者を受け容れた。

*著者が日本に来たとき、「アメリカがどんな言い訳をしようと、その言い訳がまっとうな理由に思えても、原子爆弾をニつ、日本の国土に落とし多くの市民を犠牲にした事実は忘れてはいけないし、水に流すなどはとんでもない発想である」と語った。

 本書を通読して感じるのは、著者は敬虔なキリスト教徒であり、本書の演説は一貫してキリスト教的精神で貫かれていること。ことに、「キリスト教の愛の目標は平和以外にない」という下りに接したとき、宗教というものに対する憎悪心が猛然とこみ上げてくるのを抑えきれなかった。

 何故なら、世界に見られる戦争、内乱の多くは本来平和を求める宗教間の対立、同じ宗教間の派閥抗争によるもので、それはキリスト教徒たると、イスラム教徒たるを選ぶことはなく、例外はない。

 ことに、キリスト教徒は植民地争奪戦のとき、宣教師を先に送りこみ、背後から兵隊を押し込んで、現地の文化を破壊、蹂躙し、現地人を殺戮し、現地人の墓を暴き、金銀宝石を略奪し、本国に運んだ。スペインも、ポルトガルも、オランダも、フランスも、イギリスも、この時代の途上国のあしらいは例外なく辛辣をきわめた。この異教徒に対する過酷を究めた非人道的な扱いという歴史的事実には、著者のいうような「愛」も「平和」もない。その意味で、著者がそのことに全く触れていないことに怪訝な思いとともに、この人物でさえ、都合の悪いことには触れようとしないのかと納得できぬものを感じた。

 宗教などは世界平和となんの関係もないし、平和を築く礎にすらならない。


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