謎の母/久世光彦著

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謎の母

「謎の母」 久世光彦著  朝日新聞社刊 単行本

 

 読後、「敗戦日本の墓標」のような著作という印象をもった。

 著者は1935年生まれで、本書が1995年の初出ということにまず驚かされた。

 そのうえ、著者は男性、物語は15歳の少女が第一人称で紡いでいく。60歳の男が15歳の少女になりきって、少女の心のなかを深くえぐり、理解しつつ書けていることにも驚嘆。

 舞台は敗戦直後の東京で、少女の15歳から16歳までの、奇妙で不思議なお話だが、読後もなぜか心に引っかかって離れない。

 敗戦直後の時代感覚が一人の少女の語り口によって生き生きと映し出されている代わりといっては悪いが、著作に頻繁に出てくる言葉は、懐かしい限りとはいえ、現代の若者には理解不能というしかない。

 「15歳で初潮をみた」というのも、いまでは考えられないほど遅い。しきりに口の端にのぼる流行歌も、現在テレビで放映する「懐かしのメロディ」でさえ歌われない、あまりにも古い歌。「ドクダミ」だの「ねんねこ」だの「蛇腹(じゃばら)の写真機」だの、こうした当時の常識的な言葉に関して、私の息子も「なんだ、これは?」と怪訝な目を向けた。

 ということは、現代の若い作家が書く小説も、半世紀後の世代にはわからないかも知れないということを示唆している。むろん、内容や言葉使いによる影響もあるかも知れない。

 とはいえ、私個人の読後感としては、奇妙な感動が胸の底に残滓のようにある。

 なお、著者の作品はほとんどが1990年代に入ってからのもので受賞作が多く、主要な仕事はテレビのプロデューサーだったそうである。その分野での活躍について、私は寡聞にして知らなかった。本書の主人公である女の子が執着する男性は、たぶん、太宰治であろうという判断は間違っていないだろう。

 とすれば、太宰治を主人公にして書かずに、一人の少女を一人称にして語らせたのはアイデアの勝利といっていい。


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