貧困の光景/曽野綾子著

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貧困

  「貧困の光景」 曽野綾子著

  新潮社 2007年1月初版 単行本

 この著者の文は歯切れがよく、めりはりがあり、闊達にして、語彙が豊かであるばかりでなく、使い方が適切で、清々しいほどに読みやすい。内容はともかくとして、文章にはいつも魅せられる。

 帯広告に「ほんとうの貧しさを知らない日本人の精神の貧しさを問う」とあるが、この表現には納得がいかない。日本人だって、つい60年余前には、餓鬼時代を経験している。イナゴを食べたり、野草を食べたり、母乳の出ない女性は羊のミルクを分けてもらったものだ。貧しさの経験や認識は世代にもよるだろう。

 学んだところ、気になったところ、なるほどと唸ったところ、などなどを列記し、加えて(  )内に私見を記した。

1.保育器すら贈るのに、相応の人間がついて行って現地に届けないと、途中で消えてしまう国は、世界の途上国でも途上国でも常にある。(金品を出して、行く末まで見届けるのが当たり前のドネーション行為だが、徹底的にやると、当事国の政府が民間から信頼を失い、政府そのものが機能を損なわれることがある)。

2.彼ら、彼女らはキャンディというものの存在を知らず、キャンディの外側の紙の剥き方すら知らない。

 (終戦直後、米国駐留軍が汽車の窓から投げてよこした軍用のランチボックス(蝋で塗られ防水加工されていた箱状のもの)に入っていたコーヒーの粉が何なのか日本人のほとんどは判らず、舐めてみてペッと吐いた。ミルクと砂糖はみんなで舐めた。また、なかに小さな缶詰のチーズがあったが、これも石鹸と間違えていた)。

 (また、当時の日本人はシラミだらけだった。沖縄の西表島の川からはマラリアを運ぶ蚊が飛んでいた。DDTでシラミを、油で蚊を絶滅させ、マラリアの危険を排除してくれたのはアメリカ軍だった。当時、ほとんどの日本人の消化器のなかには回虫が生息していた。野菜畑の肥料に人糞を使っていたから。

 はじめて手に入れた菓子の箱、菓子を包む紙などは、多くの日本人が棄てずに、大切にコレクションし、キャンディというものを知らないアフリカ人と大差のない状況下にあったことが瞭然としている)。

3.「貧しいくせに犬を飼っている」という言葉に対して、(インドネシアのバリ島もセレワシ島でも犬は放し飼いされていて、車に轢かれた死体をしばしば目撃したが、かれらにとって犬はペットではなく、だから餌というものを与えない。彼らにとって犬は食料なのだ)。

4.インドネシアで地震、津波の被害に遭ったスマトラ島のバダン・アチェへの援助の話に対して、(アチェには石油埋蔵が確認されており、インドネシアは軍が石油の利権を握っている。これに地域住民が反対運動を起こし、独立運動も盛んで、ときに血生臭い事件がしばしば起こっていた。だから、外国のマスメディアがこの地に入ることにはことさらの警戒感がある。とはいえ、スハルトに軍事クーデターを起こさせ、支援したのはアメリカであり、スカルノによる左傾化を防ぐ目的があった)。

5.「子共の人権」という言葉が浮いている。そういう現象は中国にだって、インドにだって、北朝鮮にだって、南米にだって、ロシアにだってあるだろう。

6.途上国では金がなければどんな病人も病院で診てもらえない。(金のない病人を分け隔てなく診ていたら、病院経営が成り立たず、従業員に給料が払えなくなるからだろう。私はバリ島の病院で自動車事故に遭った血だらけの救急患者が放擲されているところを目撃している。先進国の牽引役であるアメリカですら、まともな医療を受けられない貧民層が存在する。すべては治世のあり方の問題)。

7.アフリカ人のIQが低いのではなく、熱暑の土地で、栄養失調というばかりでなく、十分な食料が与えられないと、45%-50%が仮定の問題を考える能力を喪失する。だから、かれらは今日のことしか考えない。

8.日本人の贈る衣類は自分の不要品であり、相手の土地の事情を考えたうえでの選択ではない。不要品の廃棄と同じ感覚。そういう日本人に精神の貧しさを感ずる。

 (アフリカ人をはじめとする貧窮に喘ぐ途上国なら、何をやっても喜ぶだろうという、不遜が一部の日本人にあるとはいえ、彼らが何を必要としているのかは一般人には判らないし、不要品をゴミ置き場に捨てておくと、それを拾っていく地域も日本にだって存在する)。

9.アフリカではどの家族も小さな一部屋しなかい。そのうえ、子共は少なくない。だから、子共たちはごく幼い頃から両親の性生活を見て育つ。それが途方もなく面白そうなものらしいことを本能が嗅ぎつける。だから、アフリカ人の性生活は放埓になるし、女の子が一人で歩いていると、すぐレイプされる。

 (アフリカには部族が何十万とあり、それぞれに習慣、風習が異なる。アフリカ人のセックスを単純に語ることには誤解を招きやすい)。

10.彼らは地図を見たこともない。巻尺もない。距離や寸法の認識がもてない。ラジオがない、時計がない、時間的感覚が育たない。

 教育を受けていないから、「この果物を3人で3分の1ずつ分けて食べて」と言っても、「3分の1」どころか「半分」すら認識できない。いわんや、10パーセントなどといっても、その感覚すら持ち得ない。そういう国に先進国が何かの工場をつくっても、労働力として使えるわけがない。

 (確かに、これまで先進各国がアフリカに持ち込んだ機械類は錆びたまま放擲されている。どんな国も、それぞれ努力し、学校をつくり、識字率を向上し、食料をみずから育て、飢餓から逃れててきた。そして、近代国家というものを建設した。もし、アフリカ人にそのような知恵、能力がないのなら、放っておくしかないではないか。なぜ、われわれがあえて憐憫の情を発し、努力することを放棄している彼らを支援し、人口爆発を敢えて甘んじて受けなければいけないのか、基本的な点が不可解)。

11.狭い部屋に同居する状態は鴨長明の方丈記の世界、知的世界を表し、その精神を具体化したものが茶室ではないか。

 (日本という島国は険阻な土地が大半で、平野は少ない。そういう条件のなかで育った民は狭いことを苦にはしなかった。いや、むしろ、狭い空間で落ち着ける精神状態に陥った。アメリカ人なら6畳スペースのトイレでも落ち着いて排泄行為ができても、日本人は落ち着いてはできないだろう。一定世代以上の日本人は川の字になって寝る、雑魚寝をすることは平気である。だから、「日本人は小さな空間に無限の精神的宇宙を感じる創造性をもっている」というのは、屁理屈のようにも、こじつけのようにも感ずる。むしろ、日本人は広い場所では居すくんでしまって、茫然自失の態をなすのが通常。単純に狭いところで安堵するという精神状態が長年の遺伝子によって組み込まれてしまったと考えるほうが妥当)。

12.地、水、電気などの使用には対価を払うのが先進国の常識。(日本でも、子供の学校給食の費用を払わない親がいるし、国際連合の維持管理費の分担金をアメリカはイラク戦争がはじまるまで支払わなかった)。

13.途上国では基本的に地縁、血縁主義である。(日本も戦前までは同じ)。

14.ピグミーとエスキモーは、支那と同じく、蔑称。(支那を蔑称ということにはいささか反論がある。「シナ」という言葉の起源は中国大陸を始めて統治した秦の始皇帝にあり、Shin だか、Chinだかはっきりはしないものの、東方の大陸に大きな国が建設されたことを喧伝したのは秦であって、我々ではない。だからこそ、英語では「China」というし、マレー語では「cina」(発音はチナ)といい、日本では「シナ」となった。作者の論理が正解だとしたら、ChinaもCinaも蔑称語となるはず)。

15.アフリカの女に多いのは、生んだ子の父親がだれか判らない、子が複数なら、それぞれの子の父親が判らないという性交渉の乱雑さ、でたらめさ。(そんなことは現地の人間の自由であって、外国人の我々がとやかく言うべき筋合いのものではない。一夫多妻を是とする国も少なくない)。

16.売春は生活の手段。(日本だって、明治から戦前まで、カラユキさんが数百万人規模で、ジャカルタ(旧バタビア)、シンガポール、香港、マカオ、サンダカン(マレーシア、サバ州)、満州、ウラジオストックなどにいた。当時の日本為政者はそれを恥とも思わず、救出の手を伸ばさなかった。作家の宮尾登美子の父親は女衒(ぜげん)、戦前まで女を斡旋する仕事をしていた宮尾登美子自身、大連まで一緒に行っている)。

17.南アフリカのヨハネスブルグでは、金持ちであればあるほど、警備、警護がすさまじい。学校も銃をもったガードマンによって警護されている。

18.貧困は性欲に歯止めの利かない男をつくる。(貧しいから、ほかにすることがなくなる)。

19.日本人は人種に対して先入観がない。(これは大きな誤解。日本人ほど白人に対して劣等意識をもち、東南アジア人に対して優越意識をもつ国民はない。途上国観光で、現地人の1ヶ月の収入を聞いてはバカにするのは、決まって日本人観光客である)。

20.日本人は盗みに対して優しい先入観念をもっている。貧しいから食べることにこと欠いて盗むのだろうと。(私の知己はインドネシアに数年滞在したが、お手伝いさんを置いていた。お手伝いさんが年に二、三度、帰郷するつど、ものがなくなることに気づいたあとは、帰郷する前日に彼女のバッグを検査することにした。すると、ホチキス、ボールペン、お砂糖、トイレットペーパー、洋服などなどが出てきたという)。

21.盗むのは貧乏人も金持ちも同じ。貧乏人は小さく盗み、金持ちは大きく盗む。(鋭い洞察)。

22.権力者は公然たる公金流用の資格を得る。途上国では社会的地位のある人々の多くは汚職と腐敗にむしばまれている。(先進国の権力者は汚職や腐敗とは無縁なのか?)

23.日本では、田中角栄首相以来、首相による汚職は出ていない。これは世界的にみて、稀有の美徳の伝統といえるのではないか。(この理屈では、先進諸国のトップの大半は汚職に手を染めているが、日本は一人ですんだということになるが、所詮、人間というものは性悪なもの。私の経験ではイギリス人が最も汚職を嫌い、身をきれいに保つような気がする。先進国でも、ラテン系はほとんど賄賂を受け取る。日本の政治家で身を慎み、癒着、賄賂と全く無縁に過ごしてきた人間が何人いるか、誰にも本当のところは判らない)。

24.近年、マダカスカル島は政治が良くなってきた。(TVによれば、多くの種を生かしている森林がすでに数十パーセントその緑を失っているという)。

25.世界にHIV感染者は4千万人、90%以上がアフリカに集中。うち6百万人はただちに治療を受けなければ2年以内に死を迎える。(人類発祥の地がいまや飢餓の真っ只中にあるというのはなんとも皮肉なことである)。

26.アフリカの貧困層の援助に関する最大のネックは権力者サイドの汚職と公的な金の私物化の習慣にある。援助はその国の権力者とその一族を富ませることを意味する。(発展途上国はいずこも同じ秋の夕暮れという感。全部死んでしまえばいい)。

27.かつて林芙美子は「清貧の書」を書いて、その印税で豪邸を建てた。

28.「貧」という言葉に、日本人は「清貧」を、「清く貧しく美しく」を脳裡に描くが、「小狡く、醜く、しおらしさの欠けた」と正視する姿勢をもてるかどうか、私たちの悟性にかかっている。

29.貧困は無気力を生み、思考を停滞させ、抽象的判断力を喪失せしめる。

 作者はさいごに「暗く、鈍く、重く、救いようがなく、しかしどこか一点だけは汚職をする人々も小さな人間性を見失ってはいないのだという優しさの手応えもあって、私はさらに複雑に落ち込んでいく」と書いているが、「天はみずから救(たす)くる者を救く」という言葉もある。他国からの援助を口を開けて待っているだけでは、永遠に貧困から抜け出すことはできないだろう。

 だいたい、アフリカが蘇って、人口爆発を起こしたら、困るのは先進諸国ではないか。それでなくとも、中国、ロシア、インド、ブラジルの経済発展で、大気中の二酸化炭素は増え続けている。環境の破壊は常に人類の手になるもの、問題は人類のもつ、その「業」にどう応接すべきかではないか。

 また、「人間だけに魂がある」がごとき一文があったが、それは人間の傲慢さを表すだけだと、私は思う。地球上に生きるもの、すべて「生きとし生けるもの」である。生物に魂がないのなら、人間にだってそんなものはないのだ。だいたい、宗教でいう「蘇生」が真実なら、なぜついこのまえまで40億だった人口が戦後60年で80億にまで近づいているのか?

 どう考えても、数が合わない。現実に、地上最悪なのが人類、人類の増加はわずかにも地球を良い方向へは向かわせないだろう。人類が死に絶えて、動植物の世界に変容すれば、地上はアフリカを含め、すばらしい大地に変貌する。

 同じ土壌で生きる他の動物を殺しまくってきた人類、多くの種を絶滅に追いやった人類、それは自らの母体を破壊するのと同じ行為、その報いはいずれ人類自身を襲ってくるだろう。

 アフリカを描くのなら、アフリカの女性間にいまだに行なわれている性器切除(クリトリス、陰唇)などにも触れるべきだった。


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