資本主義はなぜ自壊したのか/中谷厳著(その2)

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 「資本主義はなぜ自壊したのか」 中谷巌

 書評・その2

1.インターネットによって世界は一つにはなったが、それは単にグローバルな規模で情報のやりとりができるようになっただけのことであり、人間同士の繋がりはかえって希薄なものになった。

 (人間同士、直に会って、交流したほうがはるかに相互理解も進む)。

2.「資本主義イコール進歩」と軽々しく信じていいものかどうか。資本主義は本質的に暴力性を帯びたものであり、このモンスターを手なづけない限り、資本主義は社会を破壊し、人間という社会的動物の棲む場所を奪いとってしまう。(資本主義は結局のところ、アメリカのウォールストリートが範を垂れているように、投資の機会であり、投機の機会でもあり、いずれにせよ、一攫千金を狙うギャンブルそのものであって、経済を担う確実な機会とはなりにくい。そこには必ず勝者と敗者とが残される)。

3.1886年に生まれたカール・ポーラ二ーは第二次世界大戦中に「大転換」という注目すべき著書を書いている。彼がくりかえし強調しているのは「資本主義とは個人を孤立化させ、社会を分断させる悪魔のひき臼である」ということで、「労働」「土地」「貨幣」を取引の対象とし、商品化することにすべての間違いの始まりがあると説く。

 さらに、商品の本質とは再生産が可能であるかどうかにかかっており、売り切れたときに同じものが二度とつくれないのであれば、それは商品にはなり得ない。

 産業革命以後、現代人は会社に労働力を提供し、その対価として月給や時給という形で報酬を得ている。給与は労働の対価ではあるが、このような形で労働力を売り買いされるようになったのは、きわめて近代的な現象である。それ以前の人間も労働はしていたが、労働力を売ることで生活の糧を得ていたわけではない。

 我々の得ている賃金は自分の人生の切り売りで得たものであるが、時間は再生できないし、人生も再生産できない。一回限りの瞬間を商品として売り買いすることは実に非人間的なことであり、倫理にもとることだ。

 ポーラ二ーは、労働者の大量出現は人類史上初めての現象であり、これに象徴される近代社会の成立を「大転換」と呼称した。彼はこうした現象を人類の進歩とか発展とかとは賛美せず、資本主義体制の出現こそが人間社会を荒廃させ、不幸をもたらす元凶と考えていた。彼の頭にあった不幸とは、資本主義経済に不可避的に訪れる「失業」や「貧困」であり、「資本家VS労働者」という新しい階級社会の出現であった。

 土地というものは有限であり、国土が狭ければ、土地の有用性はそれだけ高くなる。そういうものを売買の対象としたことは人類の犯した大きなミスである。土地の私有化はそこを流れる河川の汚染、山林の伐採、地下資源の乱獲などを含めた自由を認めることとなり、結果として経済活動のターゲットとなって、自然破壊にも環境汚染にも繋がった。(発展途上国のほうが土地を外国人名義では登記を拒むという方式が多く、あたりまえだと思うが、日本の森林地帯や清水が出る土地などが中国人に買われている現状をどう考えたらよいのか)。

 限られた自然や資源を市場原理に任せて売買することが可能だと考えたことに近代人の傲慢さが現れているとするポラニーの指摘は今こそ傾聴に値するのではないか。

 貨幣を商品として取引する近代資本主義のあり方は貨幣のあり方そのものを根本的に歪めている。貨幣は金本位制度を失った後、裏づけのない単なる記号、シンボルであり、取引におけるツールに過ぎないのに、その貨幣があたかも商品のごとく市場で売買できるとの考えは虚妄にほかならず、実体を伴わない投機そのもの。

 労働、土地、貨幣の「商品化」こそ資本主義制度の根幹であり、かつまた欠陥でもあって、それが人間社会に「人間的労働からの阻害」「自然環境の破壊」「マネーゲームと投機」をもたらした。

4.近代文明は人間理性が発達した結果、生まれたものであると、今でもそう信じている人は少なくない。宗教がもたらす迷妄から自由になり、数学、物理学に象徴される近代科学の力を得たことで人間社会はかつてないほどの進歩、発展をし、人類は前進しているとの考えが欧州を中心に蔓延した。

 ところが、1914年に起きた第一次大戦による、過去に例のない人的被害は近代社会のあり方に大きな打撃を与え、文明のあり方への疑問が芽生えるきっかけとなった。

 上記で紹介したポラニーは「市場経済のもとでは、自由も平和も制度化することはできない。市場経済の目的は利益と繁栄をつくりだすことに尽き、平和と自由をつくりだすことではないからだ」と述べているが、卓見である。

5.第一次大戦、第二次大戦という惨禍の経験にも拘わらず、ことに冷戦後に至って、なお世界が市場原理に固執した理由は、国内に疲弊を持ち込まず、いずれにも勝利国となり超大国に成り上がったアメリカという国家の存在だった。自国内で大きな戦災の経験をもたぬアメリカは資本主義の危うさを肌で知る機会がなく、人間の理性に限界のあることも知らなかった。

 現代経済学の原論体系の主要部分は戦後のアメリカが生み出したもので、新自由主義やグローバル資本主義が強力な経済哲学として世界に浸透していった。

 ヨーロッパ人がEUの構想のもとに、アメリカとは一定の距離を置いてきたのは、過去の経験の差であったと思われるが、日本は圧力に負け、アメリカ型経済を受け容れ、追随した。

 戦後、60余年、アメリカの繁栄は世界中から憧れの目をもって迎えられた。テレビ、映画、ジャズ、コカコーラ、自動車、ファーストフードなどに象徴される大量消費社会も戦後のアメリカに発展をもたらした。アメリカは他国の若者にとって自由と繁栄のシンボルであり続けた。

 そうした「輝けるアメリカ」は、いまや変質し、国際社会におけるモラル・リーダーシップを消失、自由、平等の国としてのイメージまで損なってしまった。

 最先端医療という点では、アメリカは世界水準を大きく上回っているのは事実だが、「金に糸目をつけなければ」という限定付きの話である。アメリカには日本のような「国民皆保険制度」は存在しない。アメリカ国民の負担している医療保険費はカナダ、ドイツ、フランス、イギリスといった公的保険を有している国の二倍なのに、アメリカ人の平均寿命は、これら四つの国よりも低い。

 (過食からくる「メタボ」や、肉食からくる「ハートアタック」などが影響しているのではないか)。

6.2008年9月、金融安定化法案が下院で民主、共和両党に否決された。「民間の金融機関を税金で救済すれば、選挙民の支持が得られない」との理由だった。自由放任主義の思想がいかに根深くアメリカ人の心に根付いているかを図らずも示すことになった。

 

 その後、事態の深刻さに納得した議員らは修正金融安定化法案を可決した。ウォール街のエリートたちがマネーゲームに憂き身をやつし、信じられない高給を稼ぎ続けてきたあげくの果てに、税金を使って救済することには相当の抵抗感があったであろう。

 アメリカのグローバル資本主義、自由放任主義は否応なく修正され、国家による経済介入を是とするプラグマティズムの伝統に回帰するだろうし、潮目は変わったとみていい。

 リーマン・ブラザースの破綻後、メリルリンチはバンク・オブ・アメリカに吸収合併され、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーも金融持ち株会社化されたが、これは米連邦準備制度理事会(FRB)の規制下に入ったことを意味する。

7.21世紀の世界では、アメリカの位置は相対的に低下し、中国、ロシア、インド、ブラジルなどの新興国やイスラム勢がアメリカに変わって大きくのしてくる可能性がある。

 

 イラク戦争のために、アメリカの軍事予算はイラク前の3千億ドルの2倍、6千億ドルにも達しているが、金融危機のために公的資金が投入されると、アメリカの財政赤字は1兆ドルを越す可能性がある。これがドルの不信につながり、ドルが売られ、機軸通貨としての役割を果たせなくなる可能性に繋がる。実は、世界が機軸通貨を失う時こそが、世界経済を奈落の底に落とす歴史的事件となるだろう。

8.移民の国、アメリカには社会に根付いた文化も伝統もない。だから、出身を異にするアメリカ人を結びつけるのはロジックだけになる。「理念の国」と呼ばれる理由もそこにある。

 (だからこそ、アメリカ人は他国の文化や伝統への理解が希薄で、そこに軋轢が起こる)。

 巨大な国家の「正義」が色褪せ、帝国の地盤沈下の可能性は否定できない情勢だが、歴史の舞台からこのまま消えていくことなどはあり得ないし、アメリカのもつエネルギーは依然としてきわめて強い。アメリカの再出発の鍵を握っているのは、いうまでもなく、新大統領のオバマ。

 オバマが進む方向は次のようになるだろう。

1)大不況からの修復。4年近い歳月が必要。

2)中流階級の修復。

3)モラル・リーダーシップの回復。覇権国、機軸通貨国としての回復には、まずイラクからの撤退とアメリカ型金融資本主義への反省に基づく新しいグローバル資本主義モデルの提案。

 (もう一つ加えるなら、北朝鮮の扱いをどうするかに関する中国との一致点の模索)。

 アメリカという国は欧州が中心となって移民が始まり、その後、多種多様な民族が混入、それぞれが歴史的にも文化的にも共通点はなく、ために宗教の精神と自由の精神という全く異質の二つの要素を文明の根本とし、そうした「建国理念」に従うことを誓うことで、国家を成立させたが、このようにして生まれた国家は人類史上に例がない。

 ために、かれらの目に野蛮人としか映らなかった先住民のインディアンは殲滅の対象となり、大量虐殺に罪の意識はかけらもなかった。

 初期のアメリカには階級意識はなく、境遇的に平等ではあったが、ある時点を境に、自己利益を追求することを最優先とする行動原理が生まれ、旧世界で重視されていたものすべてから自由に解き放たれた形となった。欧州大陸の資本主義は現在でもアメリカのそれとは著しく異なり、規制色が強く、社会福祉を重視する社会民主主義的色彩が濃い。

 アメリカの唱えた資本主義が人類普遍の原理ではなかったことが金融恐慌の勃発を契機に、世界中が覚醒することになった。そして、新興国には深刻な社会の分裂と、社会的価値の毀損を、先進諸国には格差社会の出現と、安全社会の崩壊を、世界には環境破壊をもたらした。

 アメリカという国は、その原点である「個人の自由」を制限し、社会的な価値、伝統的な価値の見直しを図るという発想が支持される土壌の欠落した国であり、新大統領がアメリカ流資本主義のもつ欠点を含めて、「We Can Change」と言えるのか否かは、予測を超えている。

 世界のリーダーとしてのアメリカの役割は今後十数年間は縮小していかざるを得ない。金融立国としての戦略も組み立て直す必要がある。とはいえ、グローバル化そのものは今や高度に分業化され、世界は互いに緊密な関係にあり、まして日本はエネルギーも食料の大半も海外に依存する体制下にあり、そうした状況は今後も続けざるを得ない。

 (海外からの汚染食品の流れを断つためだけでなく、海外から食料を入手する手段が断たれた場合を考慮すれば、自給自足体制をある程度は維持すべきであり、政府は農業を支援すべきである。TTPなどはもっとのほかである)。

 最大の問題は地球温暖化と資源の枯渇であり、この問題の対処を誤れば、人類の存続にかかわってくる。

  (アメリカも中国も京都議定書にサインしていない)。

 

 


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