資本主義はなぜ自壊したのか/中谷巌著(その3)

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  「資本主義はなぜ自壊したのか」

 書評・その3

1.「自然を科学的に分析し、真理を解明し、管理する」という確信がなければ、西欧で自然科学は発達しなかったであろうし、西欧人が七つの海を渡り、各地に植民地をつくることができたのも、自然に対する畏怖心をもたなかったからで、アニミズム(自然信仰)に凝り固まっている民族にはとうていできない業であった。

(キリスト教であれ、イスラム教であれ、仏教であれ、いずれも出発点はアニミズムだったのではないか。これだけ不思議に溢れ、微妙なバランスの只中で地球が存在し、人類が出現したことに対し、自然への驚異、畏敬がまずあって、造物主の存在を推量したに違いなく、「アニミズムに凝り固まった」という言葉が許されるならば、「キリストだとかマホメッドだとかに凝り固まった」という言葉も許容されて然るべきだと思う。所詮、神などいうものも、仏などというものもこの宇宙には存在しないのだから。我々は宇宙が何かの拍子に誕生させてしまったニ足歩行し、頭を使うサルと思うしかない)。

 ところが、このような西欧的な自然観が人類自身の母体である地球自然の限度を超えて破壊し続け、結果として、人心はすさみ、社会も疲弊しはじめた。

 アニミズムは一神教の教徒からは原始的で、未開人の信仰といわれてきたが、実際には自然を崇拝し、自然との調和、共存共栄を目指す価値観に支えられてきたものであり、21世紀の我々が目指すゴールを暗示するものだ。

2.現在、ギリシャに生きている人々は古代ギリシャの末裔ではないし、現代のイタリア人も古代ローマ人の直系の子孫ではない。

 現在の中国人と、史記の時代の中国大陸の住民とは人種的に全く違う集団であるというのが歴史学者の通説。漢民族は1世紀にわたる戦乱で、ほとんど滅びたといわれ、中国4千年の歴史とはいえ、そこには人種的連続性はない。こうしたなかで、「稀有の例外が日本である。地球上の主たる文明のなかで有史以来、一国家・一文明を維持してきたのは日本だけだ」と、ハーバード大学のハンチントン教授が、その著「文明の衝突」のなかで述べている。

 (むろん、他国と国境を接しない島国であることがそれを可能にした)。

 日本人は3世紀頃に入ってきた弥生人と1万年以上前から日本に住みついていた縄文人との合体だが、農耕民族と狩猟民族に共通していたのは自然と折り合いをつけ共存することだった。樹木を伐採して家屋を造っても、必ず植林し、水源を守るという知恵を持っていたために、現在でも全国の70%は樹林に覆われている。

 (ただし、戦後の植林は成長の早い杉が多く、ために花粉に悩まされる人が倍加したし、必要な樹木は途上国で伐採し、国内に運んだ)。

 日本の神話のなかにはギリシャ神話や旧約聖書にあるような血生臭い話はほとんど出てこない。そこには、穏やかで平和を希求する姿勢がみてとれる。

 日本と西欧との差異が最も単純に具現されているのが造園。西欧では土地を平坦にし、幾何学模様に造形するのに対し、日本庭園は自然を写し取ろうとする。また、西欧が木をペンキで塗りたくるのに対し、日本は白木や木目を愛する民族である。

3.経済学者のバンフィールドは「信頼の欠如こそ経済発展を阻害する重要なファクターの一つ」と指摘、アメリカ政治学者のフランシス・フクヤマは「中国人は血縁、縁故しか信用しないため、華僑が世界中に存在していても、ファミリービジネスの枠にとどまる傾向をもつ。一方、日本は国際貿易では後発国であり、人口も資源も少ない国でありながら、世界に名の通った大企業を数多く輩出したのは、日本社会全体に信頼が醸成されていたからだ」と述べている。(自動車会社と部品メーカーとの信頼関係などを指す。中国人の今後は折々に見ていかなければ判らない)。

 信頼は目に見えない社会資本と捉える見方が広がっている。日本人のあいだに信頼が芽生え、培くまれたのは江戸時代の商人らによるところが大であり、日本社会の均質性がそれを可能にした。「商売の要諦は信用」との考えは江戸期より連綿と受け継がれた商人の標語みたいなものであり、そうした伝統が海外にビジネス展開するようになった後も長期的な利益になるとの確信にもとづき、正直、勤勉を旨とした。

 こうした日本式ビジネス(日本国内における下請け会社との信頼関係をベースとしたビジネス)を、日本経済が台頭してくるにつれ、批判したのがアメリカで、「アンフェアで排他的だ」として、日本市場の開放を求めた。

4.インドのカーストの数は四つだといわれるが、細かくチェックすれば、2千とも3千ともいわれる。これは現在のアフガニスタン方面から有史以来、幾度となく侵入してきた諸民族による支配、被支配の歴史がつくりだしたと言われる。

 日本人は「論語」のなかで孔子が使う「君子」という言葉を「立派な人間」と解釈してきたが、実はそうではない。孔子が説く倫理とは、春秋時代に諸侯のあいだを遊説していた事実からも判るように、「支配者」「統治者」の倫理にほかならない。「君子は器ならず」とは、「支配者は一つのことだけに堪能であってはいけない」と説き、ここに明確な階級意識がある。弟子たちにも、「諸君のようなエリートは庶民とは一線を画すべきだ」と強調している。

 (孔子にさえ選民意識があった)。

 侵略され、他民族に支配された歴史をもたない日本人は、こうした階級感覚がないために、人生訓の書であると誤解した。日本人は階級というものを実感として理解していない。単に富や収入の違いが階級だと漠然と考えているくらいで、日本人の階層意識は浅い。階級とは民族とか人種とかが密接に結びついた歴史的、政治的なもので、インドカーストが典型的な例だが、見えないが越えられない壁が世界中の社会に残っている。

 (イギリス人がアイルランド人を軽く見、いじめつくしたのも、オランダ人を侮辱して「ダッチワイフ」だとか「ダッチアカウント」などの英語になっているのも、そういう例だろう。とはいえ、それでは、日本人が白人に対して持つ劣等意識、途上国の人に対して持つ優越意識というアンバランスはどう説明したらよいのか。前にも記したが、ヤーさんでも、アメリカのエアラインに一人で乗ったとき、チンマリとおとなしい。また、日本人だって、戦前には、韓国人や中国人を侮辱し、「チョウセンチン」とか「チャンコロ」とかいう言葉を吐いたと聞いている)。

 江戸時代、苗字帯刀を許された武士階級のほか、農民にも庄屋と小作人があり、穢多(えた)、非人などと差別的に呼称された、いわゆる賤民身分がありはしたが、江戸幕府の最後の指揮をとり、城を無血開城した勝海舟の曽祖父は新潟、柏崎の農民だったが、旗本の株を買ったおかげで、曾孫が後に優秀さが認められ、幕臣になった。つまり、江戸時代は身分階級と能力主義とが共存していたといっていい。

 少なくとも、日本では農民を餓死させるほど、徹底的に収奪した例はほとんどない。

 (例外がある。それは薩摩藩で、秀吉存命の頃から、琉球王国の奄美大島に侵入し、以来、琉球王に対し、租税の取立てを厳しく強制した。琉球王は沖縄本島から上がる税収だけではまかなえきれず、南の離島にも税を負担させた。宮古島には、その折りに背の高さを測った石が残されているが、石の高さを越えれば税の対象になったことで「人頭税」と名づけられている。貧しかった与那国島では、妊婦を海岸の岩から岩に跳躍させ、落ちれば二人分の税を免れ、流産すれば一人分が助かるという、過酷な人べらしを島民みずからが考え出したし、石垣島ではオヤケ・アカハチという男が中心となって反乱を起こしてもいる)。

 

 均質性の高い、信頼社会のもつ日本的方式は現代の世界を立て直すうえで、大きなヒントになり得るのではないか。マーケット・メカニズムをうまく機能させるには人間相互の信頼が不可欠である。日本が発信できることは:

     

 (1)自然と共存する知恵

 (2)正直さを尊ぶ姿勢

 (3)長期的な信頼関係の樹立

 (4)現場主義。


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