資本主義はなぜ自壊したのか/中谷巌著(その4・最終回)

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  「資本主義はなぜ自壊したのか」  中谷巌

 書評・その4(最終回)

1.2005年の調査によれば、貧困率において、日本はアメリカに次いで第二位、これは四世帯に一世帯が貧困に分類される国との意味。シングルマザーやシングルファーザー同士の貧困率を比べると、日本は非常に貧困率が高い。これでは、安心して子供を生める社会にはなり得ず、少子化に歯止めがかからなくなる。

 本書のなかで、国民皆保険制度に触れたが、実は日本では全加入者のうち、およそ20%の人が保険料を滞納しているのが現実。貧困層の増大が暗示される状況を映している。

 (今後、不定期労働者の馘首、定期労働者のレイオフ、馘首が続けば、さらに滞納者は増えるだろう)。

2.格差が拡大する社会が長期にわたって続けば、日本社会から、その特徴であった連帯感も一体感も失われていくだろう。また、日本の国力そのものが決定的に低下しかねない。(日本人には終身雇用が合っている)。

 貧困層の底上げ、所得格差の是正によって、日本という国の形を整えなおすことが最重要課題。パートタイマーの大幅増こそが効率的な経営に繋がるとの、アメリカ経済学者の発言に、正社員数を減らし、期間限定のパートタイマーを大量に雇用した結果、社内に一体感が失われたばかりか、日本独自の現場主義も失われ、競争力が2007年では世界7位、2008年に至っては世界19位まで落ち込んだ。

 (それでも、円高はユーロに対してもドルに対しても継続している)。

 戦後、とくにバブル崩壊後、アメリカの新自由主義に引きずられ、追随してきたために、日本独特の良さが喪失し、アメリカ同様の格差社会を現出、治安の悪化、社会福祉の低下といった個々の問題だけでなく、国力、経済力までが今や将来への期待をもてなくなりつつあるというレベルにまで達している。

3.現在、デンマーク、スウェーデン、フィンランドといった北欧三国は高福祉、高負担でありながら、経済競争力はアップしている。これを可能にしたのは人々の老後を含めた先行きへの安心感であろう。かれらは例外なく所得の70%を政府に吸い上げられているが、国民は政府を信頼し、収奪されているなどの被害者意識は全くもっていない。国家が老後を守ってくれるから、不安がないという図式である。(その代わり、若死にすると損をする)。

 (あの民主党の小沢一郎などのツラを見ていると、こういう政治家に信が託せるとは到底思えない)。

 路上で極貧生活を送っている人たちに対し、「自己責任だから、野垂れ死にしろ」とは言えないだろう。他者に対して同情を持たない社会は、「社会の名」に値するだろうか?

 (極貧の路上生活者に声をかけること、それ自体が、現代にあっては、身に危険を呼ぶと考えるのが、日本社会のみならず、世界の常識になっているのでは?)。

 人間は社会的動物であって、孤立して生きることはできない。戦後の日本は会社が終身雇用を保障し、共同体として連帯感を支えたが、アメリカ流の企業改革をベースに非正規社員を混ぜて雇用することによる市場の流動性への対応を学び、労働力の抑制ができるようになったのは事実だが、この手法が従業員の一体感を損ね、スキルの向上をも阻害する原因となった。とはいえ、今さら、全社員を終身雇用という形に戻せば、経済の流動性に対処できない。

 馘首されたり、レイオフされたりする人々は不況が続くかぎり、仕事には就けず、生活の糧に困窮する。デンマークでは失業保険が手厚く支給される仕組みになっているので、解雇されても生活に支障をきたすことはなく、失業中はスキルアップしてよりよい収入を得るため、職業訓練所が整備されているから、そこに通うのがかれらの社会通念になっている。「小さな政府」にこだわっていると、このような政策を採用することはできない。

 スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、キューバなど福祉国家として成功している国は、例外なく人口が少ない。キューバとスウェーデンが1千万人、ノルウェーとデンマークはその半分程度。人口の少ないことが小回りの効くケアを可能にしていることを暗示している。ケア・サービスの分野において、お役所仕事ではきめ細かいサポートの提供は期待できない。日本を8つか9つに仕切って、それぞれに老人介護、認知症患者の介護の仕組みを採ってみるのも一考である。

4.グローバル資本主義は世界経済を活性化する反面、重大な副作用をもたらした。被害を最小化するための決定的な方策は未だに見出せない状態が続き、世界は苦悶している。

 アメリカ経済には、世界の機軸通貨がドルであるために、巨大な利益が約束されてきた。100ドルの紙幣を印刷するために必要なコストは1ドルであり、差額の99ドルは儲けになる。この儲けを専門用語で「シニョレッシ」といい、機軸通貨を発行できる国にだけ与えられた特権である。

 とはいえ、ドルを過剰に供給すると、ドル不安を招き、ドル不信に至れば、世界中がドルを手放すか、ドルを品物(貴金属やゴールドインゴットやプラチナなど)に換えるかして、基軸通貨としての働きを失うだけでなく、国際取引がスムーズに行かなくなり、世界を混沌に導くことになる。

 現在の危機を乗り越えるために、アメリカFRB(機軸通貨ドルの安定を見守る番人的存在)がシニョレッシの誘惑に負けないとの保証はない。だから、世界中央銀行が存在しないことからくる危険性が恒常的に伴うことになる。

 サブ・プライムローンはFRBの監督下にないアメリカの証券会社(投資銀行)が僅かな資本をもとにレバリッジ経営に走り、世界中に売りまくって景気が過熱、住宅バブルがはじけ、世界中が撹乱される元凶となった。FRBが世界中央銀行であったら、適切な管理にあたり、今回のクラッシュは起こらなかったであろう。しかし、現実には、長期にわたり、FRBのグリーンスパンは住宅バブルを容認し、ドルの過剰供給を続けた。

5.グローバル資本主義の根幹にある問題は、世界の個々の国々の国内問題を制御し、支配してしまう力をもつことで、それでも、なおかつ、モノ、カネの問題を解決する主体は個々の単一国家が対応するしかないという矛盾である。(ここでも、世界中央銀行の新設が問われる理由がある)。

 我々は規律なき自由は無秩序をもたらすことを学んだ。そして、人間は自由になればなるほど、コミュニティーの温かい人間関係を失い、孤立してしまうことを学んだ。人間とは、一定の制約のなかで、それを克服することで育ち、また幸せにも感じるという、厄介な動物であり、自由放任された子供は決して円満な、まともな人格には育たない。

 現在なお世界中で暴走し、猛威をふるっている厄災を克服し、被害を最小限にとどめるには、グローバル資本主義に一定の制御、統制が自動的にかかるフェール・セーフ機能が必要であり、人間は欲望の肥大に対し、自制の精神をもつことを適切な行動原理とすべきであろう。

 日本が独自の視点から経済の建て直しに提案できることを前に記したが、文化も伝統も違う世界が簡単に追従できるとは思えない。長期間かかっても、地道に継続し、世界を納得させるしかないのかも知れないが、日本人が過去に積み上げた日本独自の考えや手法は必ずや世界に貢献できる要諦を含んでいると確信する。

 以上、本書を四つに分けてエキスを伝えたが、初めて知ることもあったし、なによりも著者の人柄の良さに魅かれるものがあった。自分が過去に失敗したことを隠すことなく、反省の立場から必死に書いたのが本作品であることが如実に伝わってくる。

 つい最近も、NHKがEUに入りたくて入れない東欧諸国の現状を紹介していたが、ドルや円に対してすら13%以上の下落をみせているユーロだが、EUに加盟していない国、東欧諸国、イギリスなどは20%~30%の下落となり、ユーロ圏内での非定期労働者が馘首されたため、東欧の人々の生活は悲惨を極めている。だからこそ、ユーロが曲りなりにも13%の下落ですんでいることが評価の対象になっている。

 (EUは一定の経済的条件をクリアできない国をユーロ圏内に囲むことはしない)。

 オバマ大統領は、過去に日本がバブル崩壊後の10年間(ディケードという言葉を使った)を無駄にしたことに言及し、即刻対応することの重要性を示唆したが、自由放任主義を信奉する上院、下院の議員を説得できるか否かに、今後のアメリカの行方も、世界の回復もかかっているといっていいだろう。尤も、資金援助が決まったとしても、援助額には限界もあり、援助が必ずしも有機的に、瑕疵なく、有効に働くとは限らない。とはいえ、世界が新大統領の言動や意思決定に一喜一憂する状況は当分変わりはないだろう。

 先般、NHKはブラジルにおける大農業がメタノールの精製に成功し、各社長は渋滞の道路を避けるため、ヘリコプターに乗ってサンパウロの本社ビル(各ビルにはほとんどヘリの発着を可能にするスペースが設けられいる)に通う様子を放映し、ブラジル経済の将来性を高く評価していたが、日本の群馬県と静岡県に集中して労働している日系ブラジル人が、本国では金融危機のさなかにあっても経済力を増しているにも拘わらず帰国しようとしない気持ちが不可解だった。むろん、なかには帰国するためのエアー代を払えないという事情をもつブラジル人もいるのだろうが。さらに、メタノールを精製するために大量の二酸化炭素が大気中に放出されることをNHKは報道しなかった。

 そのことはともかくとして、我々はいま世界経済史の転換点、焦眉のときに立会うという、稀有の機会を前面にしている。これまでの行き過ぎた経済のあり方をどのような手法を用い、どのような社会を形成していくことになるのか、ある意味で、絶好の機会を迎えており、目の離せない焦点のただなかに在る。

 アメリカをはじめとする世界の動向を今後とも注視していきたい。


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2 Responses to “資本主義はなぜ自壊したのか/中谷巌著(その4・最終回)”

  1. 関西より より:

    誤解を恐れずに言ってしまえば、アングロサクソンの血が協調や他者を尊重するという観点に欠けており、日本にして言えば教育ママと仕事にかまけて子供への情熱(未来の委託)を放棄した父親が、本当に何が大切なのかを教えない現状が今日をまねいていると感じています。
    社会を構成する分担の一つ一つが尊いものだという文化を根付かせたいものです。

  2. hustler より:

    コメントの通りだと思います。とはいえ、過去に大英帝国が世界に植民地を持ち、結局は凋落していった歴史があるように、アメリカも同じ運命を避けることができるのかどうか、今それが問われているのでしょう。日本がアメリカに追随し、生活のいたるところでアメリカナイズされてしまった結果、日本人が伝統的にもっていた美質が失われるつつあるのも現実ですね。

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