身体をめぐるレッスン1-夢みる身体「多重人格のプロクセミックス」(その3)

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身体をめぐるレッスン1

「多重人格のプロクセミックス」 斉藤環(1961年生) 精神科医

(「プロクセミックス」とは、英語で「Proxemics」と書き、「近接学」「行動空間論(人と他者との間の空間領域の文化的研究」を意味する)

 「多重人格」は「解離性同一性障害」と呼ぶのが正しい。

 「健康を定義することは難しい。病気でない状態という以外にないからだ。心は不可視だが、身体は可視的だというのは幻想に過ぎない。身体に関する論議、思考は『理想的な身体への志向を内包しており、それは多様性よりは平板な単一性を選択しがちである」

(ことに一時的流行に乗りやすく、人と違うことを忌避する性癖をもつ日本人には著者の意味するところが強く内在する。主体性の欠如といってもいい。また、可視的か不可視的かは、視覚対象が二次元か三次元かによっても異なる。人間の視覚そのものは二次元構造だが、対象が三次元のものならば、頭脳が視覚の欠点を補って対象を捉える)

 「そこには、自己愛、ナルシシズム(自己陶酔)が投影されている」

 「われわれはパソコンのソフトウエア作動とハードウエアの作動の並行関係を整合的に対応させつつ理解することはできない」

 「脳と心の問題の解明はゲノムの塩基配列以上に直感的な解説に逆らうもの。身体は心的現実そのものだが、神経的現実は身体ではない。心身は一如であるが、心身と神経とは乖離してしまう」

 「人間は突然の大きな喪失体験に際して、心は乖離することによって感覚に麻酔をかける。感覚や感情に壁を設けて苦痛を和らげ、心が崩壊してしまうのを防ぐ。宗教や信仰における恍惚状態も同様。催眠は人工的に乖離を促す技術」

 「幽体離脱も、記憶喪失も、蒸発も、乖離性の例であり、多重人格は最も重度の乖離症状。多重人格は北米を中心に発症率が増加しつつあり、日本でも僅かずつ増えている。また、ヒステリーは乖離現象の一つの亜種」

 「想像的な身体図式があるように、想像的な心の図式もあり得る」

 「乖離現象で重要なのは反復されるという特徴。心的現象の反復こそはラカンによって精神分析の基本概念の一つに目された重要な概念である。2000年」

 「乖離が精神医学の注目を集めるに至った最大の理由は、事例数の増加であり、様々な虐待や災害などのトラウマに起因するPTSDの問題なども相俟って、乖離は現代的な課題であり続けている」

 「パトナムが提案する説明は『離散的行動状態』であり、おそらく、現時点で最も洗練されたモデル。パトナムは2001年、正常人の特異的、状態依存的自己感覚は相互に良く統合されているのか、状態と文脈を超えて自己の連続性の感覚を維持できる。文脈による『自己たち』と多重人格性障害者の乖離した『自己たち』との分界線的な相違点の一つ」

 この章は難しい論文を読んでいる印象だったと言うにとどめ、それ以上の書評を避けたい。

 ただ、私の知己(アメリカ人女性)は精神カウンセラーを仕事としているが、カウンセラーとして相手にするのは、ほとんどが正常な心身に恵まれていない異常性格者が多い。両親が覚醒剤に溺れているときに出来た子共だったり、両親から必要以上の虐待を受けていた子供だったり、そうした子供には一般人が考える以上のトラウマが内包され、相手の話を聴いてやるうちにも、唐突に暴れだしたり、大声を出したりするという。しかも、カウンセリング業務の経済的報酬はボランティアに近いといわれるほど安い。

 この人の弟は小さいときに自殺しており、そのため、彼女には特別の意志と志向があり、経済的には恵まれなくとも、この仕事を継続する意志が強くあって、連日疲労困憊して帰宅する。


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