身体をめぐるレッスン1-夢みる身体「重力のような=欲望のアフォーダンス」(その6)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

身体をめぐるレッスン1

「重力のような=欲望のアフォーダンス」 佐々木幹郎(1952年生) 東京大学教授

(ここでいう「アフォーダンス」は「Afford」という「経済的、時間的に余裕がある」、「なにかをする上で差し支えがない」などという意味の語源、形容詞としてはAffordable」という「価格的に手ごろな」とか「買いやすい」という意味で使われており、「Affordance」というのは、海外の学者による造語で、「可能性」あるいは「受容性」を意味する)

 「受精卵が子宮粘膜に付着し、粘膜上皮に包みこまれるとき(着床時)、ヒトの生が開始する。着床後1か月で、体長は1センチ、体重は2グラムに過ぎなかった胎児が10か月後には平均体長50センチ、平均体重3、000グラムまで大きく育つ。子宮は羊水で満たされているが、これは胎児が母胎から滑落する際の摩擦を和らげる目的をもつ」

(古代人は出産時、妊婦が立ち木に背をつけ、股を開いて、立ったまま胎児を生み落とすのを、前かがみになって待つ夫が受け取るという話を何かの本で読んだ記憶がある)。

 「胎児は子宮壁の圧を頭と脚で上下に突き上げる運動を起こすが、子宮の力学的拘束が誕生後の乳児の運動発達に重要な資源を提供している」

 「脊椎動物である私たちヒトの身体運動は骨と関節がもつ構造上の不安定、柔らかい筋の性質に由来する不安定、二つ以上の筋の拮抗する群の使用に由来する不安定、これらすべてを基礎に、それら不安定を掛け合わせた『高次の不安定』がヒトの身体である。ヒトの身体運動とはその根本的な不安定のことであり、ヒトはこの不安定で環境に対応している」

 「あらゆる動物、植物は重力の支配下にあり、動きに抗(あがら)って身体を支える硬い骨がなければ、岸に打ち上げられたクラゲのようにぺちゃんこになる。立っているときも、座しているときも、寝ているときも、例外なく重力を受け続けている。ヒトの体はいつも重力によって揺さぶられている」

 「重力による沈降作用は地球環境を構成する地面、水、大気という物質に一つの配置を与えた。より上に存在する身体部分はより下にある身体部分を押すこと、座位の尻、倒立時の足裏、寝ているときの身体底面のように、層を成す身体配列のもっとも下部に位置する面が強い圧を受けること、この圧の配置が身体の重み」

 「ヒトの全身の骨は100以上の可動な関節で結合されており、枝状の配列をなし、それらがつくる方向と力のベクトル(英語は「Vector」で「病毒媒介体、針路、誘導、一定方向への移動」などを意味する)の集合をギブソンは「骨空間」と呼んだが、この骨空間が重力と地面に係留している。それがヒトの身体の芯である」

 「圧の配列であるヒトは独特の動きをする。この動きは身体に変形をもたらす」

 「硬い骨空間の周囲には様々の厚さの組織が張りついている。組織とは骨を覆うもの、関節と靭帯、腱、血管と、その周囲を覆うもの。そこには感覚の受容器である多数の受容器が種々の密度で埋めこまれている。骨空間に差の集合としての皮膚が張りつき、それはいつもある不変な統一体を保っている。この不変と変化とが共存する身体に変化が紛れこむとき、ヒトは周囲の環境の配置を知る。この骨と皮膚の拡がりに物をとりこむことが、いわゆる触覚というものである」

 「自己の情報も、物の情報も、重力下の圧の流れの産物」

 「地面という物質と大気との境界を表面とも地表とも呼ぶが、表面には多くの起伏、突起物、平坦なエリアなどが複雑に存在し、ヒトは表面のレイアウトに囲まれている。そして、表面はヒトに多くの行為の可能性を与えている。平坦な表面は歩行を、垂直の突起物は衝突や移動の妨害を、障害物の間の隙間や空き地は移動を、段差は昇降や座することを、洞窟は避難場所を、遮蔽物は何かを隠すことを、それぞれ可能にしている」

 「また、掴んで場所を移動させることの可能な物体は『遊離物』と呼ばれ、複数の遊離物が地表につくるレイアウトがヒトに多くの行為の可能性を提供する。ヒトは地表で、遊離物のレイアウトを変え続けている存在」

 「光源からやってくる光は地表のすべてに飛び散り、散乱反射を起こす。そして、大気中のすべての方向から囲む光となり、この光を『包囲光』と呼び、それがもう一つの自然である。ヒトの身体は常に動いており、光のなかに多くのものを見る。多種の変化に多重に注意を張りめぐらせているのが視覚の本性である」

 作者は最後に、以下のように読み手に訴える。

 「ヒトの周囲を多重に包んでいる事実、ヒトが動くとき起こっている骨のきしみや組織の重みや、皮膚の張りや、緩みを想像して欲しい。そして、それらが多種の凹凸に満ちた地表の上に存在し、その身体を重力や光などの流動が密に、それも限りなく密に、覆っている事実を想像して欲しい」

 「『欲望』を辞書でみると、『不足を満たそうと望む心』、『欠如を埋めること』と説明しているが、ヒトは密なる包みこみのことで、密度で満たされている存在にとって欲望は欠如ではなく、充満から生ずるものだ」

 教授の解説はかなり難しい。これまで色々な書籍に接しているが、ヒトと地球の地表の関係をこのような理論構成で説明したものに出遭ったことはなく、学ぶことが多かった。ただ、言葉が難しく、専門用語が多発され、一般の人には理解されにくいのではないかとの危惧も残った。

 ただ、骨に関しては、最近、あらゆる筋肉が年齢とともに変化してしまう奇病が、何百万人に一人の割合で起こることが映像とともに紹介されたが、「将来、どうやって自分の身体を骨で固めるか工夫する」という男性の言葉に、意味は理解できても、慰める言葉のないことを自覚した。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ