進化しすぎた脳/池谷祐二著

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進化しすぎた脳

「進化しすぎた脳」 池谷祐二(いけがやゆうじ)著(1970年生)
東京大学大学院薬学系研究課講師、薬学博士、専門は神経薬理学
副題:「中高生と語る大脳生理学の最前線」
講談社ブルーバックス 単行本 2007年1月初版

 

 ニューヨークにある慶應義塾学院高等部で行なわれた脳科学講義の記録。講義の対象学生は8人に絞られ、対話形式での、一方通行ではない講義。

 「脳」は、現時点で、人間の体に関することで最も不明な部分の多い箇所であり、近年、「脳」に関する書籍が急に増えているのもそのあたりの事情に原因があるような気がする。本ブログでも、すでに何度か脳に関する書籍を採り上げたが、未だに「脳」のことはよく理解できない。

 そこで、NHKTVも、各大手新聞社も「痺れるくらいに面白い」と絶賛したといわれる本書を手にとった。以下は、学んだこと、気になったこと、驚いたことなどなどを列記した。

1。脳はシワが多いほど表面積が広くなり、知能は高くなる。脳そのもののサイズより表面積のほうが重要。とはいえ、シワの刻まれ方、脳のサイズ、いずれの点でもイルカは人間の脳を凌いでいるが、専門家の調査によれば、イルカの知能は人間でいえば3歳児くらいだといわれる。

2.脳のどの部分も大脳皮質は6層構造で、イルカも同じ、すべての哺乳類に6層構造が共通している。また、すべての動植物のDNAは互いに似ている。

3.脳は場所によって役割が異なり、しかも、極めて細かく専門化されている。たとえば、音ひとつとっても、ヘルツ(周波数/音の高低)によって聴覚野の内部で反応するエリアが違っている。

4.人間の大脳皮質で大きな割合を占めているのは舌、唇、人差し指。大脳は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つに分化されていて、小脳は頭の後部(後頭葉)の下に存在する。

5.視覚野で起こった例:現代兵器、たとえば弾丸は細く、スピードがあるため、視覚野の一部に貫通銃創を受けても、色だけが失われるという奇蹟的なことが起こる。視覚野の内部で爆発が起これば、死か、助かっても盲目は必然だった。また、部分によっては、止まっている物体は認識できるが、動くと、すべて視野から消えてしまい、見えなくなるということも起こる。

6.会話では、聴覚だけに依存していると思っていると間違いで、必ず視覚も参加していることを知っておくべき。聞き手は耳を傾けながら、相手の唇を見ている。

7.側頭葉にダメージを受けると、見えていても、それが何かが判別できない。しかし、手で触れてみれば識別は可能。

8.「脳チップ」を脳内に埋めこむことによって、脳性麻痺や筋萎縮性硬化症といった病気の人の体が動くようになる可能性はある。

9.視覚野に行くべき神経を中継地点から聴覚野に情報を送ってみた。すると、情報はあるがままに見えている。こうした実験から、脳は必ずしも厳密な役割分担をしているようで、実はかなり柔軟性に富んでいることがわかる。

10.脳の地図は後天的にできる。5本しか指のなかった人は5つの指を動かすように脳内はできあがっている。しかし、手術してしばらくすると、1週間後には6本の指を別にしても動かすという後天的進行を示す。

11.脳は過剰に進化してしまっているともいえるが、それだけ余裕があるともいえる。

12.視覚による錯覚は避けようがない。なぜなら、世の中は三次元なのに、網膜は二次元で、脳はその差を補うしかないからだ。網膜から脳に向かう視神経は100万本ある。人間のもつ五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)のうち、目の神経繊維が最多で、それだけ視覚が脳内部で重要な働きをしていることを示唆している。が、100万画素のデジカメで撮った写真をパソコンで見ても、画面はざらざら。脳には、見えているものを補う回路機能があるため、視覚内の映像にざらざらはない。

13.動物にはそれぞれに固有の目があり、光子(フォント)を確認し、情報を解析して認識できるようになって、はじめて世界が生まれたというより、世界が世界としての意味を持ったといっていい。物質世界として人間が見ている世界は人間が自分の目を通して勝手に見ているだけのこと、つまり脳が世界を創っていると言い換えてもいい。人間の目の網膜にたまたま三原色に反応する細胞があったから、人間にとっての三原色が赤、緑、青になっただけで、もしさらに赤外線に対応する色細胞があったら、光は三原色ではなくなるし、見える世界も異なってくる。

14.見るというのはほとんど無意識の行為。錯覚、盲点、時間の埋め込み、色づけなど目に入った光をどう解釈するかというのはあくまで脳が行っている。私という存在も脳による解釈を受け取っているだけ。我々は脳が解釈したものからしか知ることはできないし、同時に、逃れることもできない。人間が存在するから、世界があるとすれば、人間が解釈しているものが世界そのものであって、実態としての世界は別物かも知れないし、実態としての世界そのものが存在しないのかも知れない。

15.人間の意識の条件のひとつ目は表現の選択が可能だということ。言葉が選択できるということ。短期の記憶は二つ目の意識の条件、過去の記憶、可塑性(かそせい)、過去の経験を糧にする能力。

16.人間の表情は人種を超えて世界共通。

17.チョムスキー(「生存か、覇権か」の著者)は「言語はその国や社会構造体系を決めているから、言語を知ることは、それを使う民族を知ることに直結する」と。

18.神経繊維はひどくからみあっているように見えるが、拡大すると、必ず隙間があり、この隙間の部分が「シナプス」と呼ばれ、情報交換の場になっている。ひとつの神経細胞あたり1万ぐらいのシナプスが存在する。シナプスの隙間は1ミリメートルの5万分の1、つまり20ナノメートル。情報の滞留防止のために、そこには情報伝達のための物質があり、放出される。電気的信号は周囲が絶縁体であるため情報伝達が不可能だから。物質のなかにはドーパミン、セロトニン、アドレナリン、グルタミン酸、ガンマアミノ酪酸(通称GABA)など100種類ぐらいが存在することがわかっている。伝わってくる神経細胞によって、どの神経伝達物質を使うかも異なる。

19.人間の脳の構造は実はあまり決定的ではなく、緻密でもなく、かなりいいかげんにできている部分もある。あやふやさは構造としてのあやふやさで、おもしろいことに、脳は機能としても曖昧。その理由は、シナプスにある。運動筋肉をつかさどるシナプスは確率が高く、反応するが、大脳細胞は確率が低い。場合によっては、20%くらいの確率でしか伝達物質の放出が起こらないシナプスもある。

20.脳の神経細胞は1000億と一説ではいわれている。大脳皮質だけでも140億くらいある。1000億個の神経細胞がそれぞれ1万個のシナプスをつくっている。しかも、一個一個に個性がある。脳科学者にも何が起こっているのか判らず、お手上げ。

21.シナプスによってGABAを使うものと、グルタミン酸を使うものがあり、グルタミン酸はアクセル、GABAはブレーキとして使われる。ブレーキ役とアクセル役が機能しない病気がテンカンであり、痙攣の発作も起こる。基本的に、人間の行動というのは普段から抑制と興奮のバランスで成立している。

22.魚の群れにはリーダーは不要。でも、全体としてちゃんとした方向に進んでいける。魚の性質は(1)群れから離れないこと(2)隣の魚に近づこうとする癖(3)衝突しないようにある程度の距離をとろうとする癖(4)隣の魚と同じ方向に泳ごうとする癖、これで全体として秩序が可能。

23.神経細胞も間違いなく「複雑系」(2004年11月書評)で動いている。

24.人間には入力、出力に直接関係していない神経もある。たとえば、ハーブ回路専用の神経など。こういう入出力に直接関係していない神経回路のことを「内部層」という。内部層に使われている神経は人の脳では全体の神経の99.99%を占める。これが人間の脳の実態。つまり、ほとんどの神経は外部との繋がりをもたずに脳の中だけで情報を一生懸命に処理しているということ。そんな事実からも、人の脳がいかに情報処理に特化している装置かが理解できる。

25.染色体の数:ヒト46、蝿8、蚊6、猫38、チンパンジー48、犬76、フナ(淡水魚)100、植物のシダ500以上。染色体の数と進化上の高等さとは関係ない。むしろ、そこに書かれている情報の質が重要。例・アルツハイマー病の家系でどの遺伝子を受け継いだら病気になるのかを調べたが、こういうのを「連鎖解析」という。そのとき、染色体の21番目に原因がある遺伝子が見つかった。とはいえ、21番目の染色体に変異のないアルツハイマー病のほうが大多数だった。

26.シナプスの隙間はすごく狭いので、グルタミン酸でいっぱいになって溢れてしまう。それをグリア細胞が懸命に取り込んで回収する。グリア酸にはグルタミン酸を取り込むポンプがある。そのポンプにベーターアミロイドがあって、ポンプの働きを援けている。ところが、センサーが成立するまえに伝達物質を回収してしまうので、伝達が阻害されてしまい、全体として伝達効率が悪くなる。べーターアミロイドにはそんな有害作用がある。そこで、痴呆が起こり、ベーターアミロイドの死骸がたまると、末期症状を迎え、死に至る。

 とはいえ、脳細胞の90%ぐらいがグリア細胞。10%が神経(10%でも1000個ある)。グリア細胞は神経細胞を蔭から支えている。栄養補給とか、毒から守るとか、シナプスがグラグラしないようにとか。

27.アメリカには400万人のアルツハイマー患者がいる。アルツハイマー病が自然淘汰されたなかった理由はヒトの寿命と関係がある。50歳くらいが寿命だった時代、発症するまえに死んでいる。現代の人間は長生きするので、アルツハイマー病は長寿がもたらした一種のしわ寄せ、副産物。

28.「科学的であるものを信ずる」とは、「信じる心」であり、これはもはや宗教に近い。自分が科学的であると信じ、よって立つ基盤の中での「科学性」と考えると、科学とはかなり相対的なもので、危うい基盤上に成立していることが判る。


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