遺失物管理所/ジークフリート・レンツ著

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「遺失物管理所」 ジークフリート・レンツ(ドイツ人)著
松永美穂訳   新潮クレストブック
2005年1月初版  定価¥1,800

 

 タイトルを見るかぎり、この種の書物はどこの国にもあり得るが、舞台がドイツ連邦鉄道であり、ドイツ人の物の考え方や仕事の処理手法など、ドイツに駐在したことのある二人の友人から聞いていたことを確かめることに関心があり、そういう意図のもとに入手した。

 主人公の若い男性が私がこれまでに想定したドイツ人の枠のなかに入らない人物であることに一驚を喫し、物語の進展がドイツ人が書いたものとは思えぬほどに明るく、ユーモラスで、排他的な印象がなく、ことごとく私の予測を裏切ることとなった。

 私が最も興味を惹かれたのは、主人公が遺失物を届けた相手、ラグーティン・フェードルというパシュキール人の博士である。

 パシュキール人という名も初耳だったが、この民族は現在ロシア領土内にある都市、サマラに多く住んでいるらしく、容貌に西欧人がかつて大いに恐れたタタール人(蒙古人)の面影を有し、サマラからさらに南に位置する都市、サラトフ(モスクワから東南に約700キロ)を含め、14世紀にはタタール人であるキプチャック・ハンが領主だったという記述があり、博士がタタール人と混血した末裔であることが理解できる。チンギス・ハーンの部下、あるいは子孫がモスクワ(当時は村)を含め、ハンガリーにまで攻め入った事実を裏書するものだ。

 博士はむろんロシア語を話すが、トルコ語も話せるとの背景には、ロシアとトルコとの歴史的な角逐をも想起させ、本書の筋とは無縁の、そうした想像にも胸が弾んだ。


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