風が強く吹いている/三浦しをん著

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風が強く吹いている

「風が強く吹いている」
三浦しをん(1976年生)著
帯広告:純度100%の疾走青春小説
2006年9月 新潮社より単行本
2009年7月1日 新潮社より文庫化初版
¥819+税

 

 10人定員というボロアパートに、たまたま一緒になった若者たち、しかもマラソンや長距離走の経験のあるのはリーダーと主人公の二人だけという条件で、半年後の箱根駅伝に挑むことを各人に説得し、参加への気持ちに消極的だったり積極的だったりする個々人に、連日にわたってジョギング練習予定と日課を半ば強制、ついには箱根駅伝に参加するための資格を一般競技会で獲得する。

 そのうえ、箱根駅伝は10人が正選手で、通常は万が一のために補欠選手を用意しておくのだが、このチームは10人しか選手がいないという過酷な条件を負っているにも拘わらず、本番の正月恒例の箱根駅伝では、駅伝そのものにシードされる十位以内という枠に入ってしまうという、マラソンや駅伝を少しでも知っている者にとっては、きわめて非現実的なストーリーを、ひょっとしたらあり得るのではないのかと思わせてしまうのは、作者の力量というよりは、成功させてやりたいという側に知らぬうちに読者を立たせてしまう作者のトリックのようにも思われる。

 トリックは10人がそれぞれに背負う人生をそれとなく披露し、当初はバラバラだった10人をまとめあげていく過程で無意識のうちに読者がこのチームの支援者、後援者にさせらていくという手法もその一つ。

 アングルを変えれば、資格を得ることが見えている、幕切れが想像がついているという650ページを越す小説を最後まで手を抜かずに読みきれるのは、偏にスポーツに賭ける男たちの心意気に同調するものが読者にもあるからに違いない。

 作中、心に残った箇所をピックアップする。

 「長距離走は天分より努力に傾いている種目」

 「理想の走りを地上に実現してみせる足掻(あが)き、ついに届かずに終わろうとしているものを、いともたやすく視覚化してみせる、これほどまでに美しい生き物をほかに知らない。夜空を切り裂く流星のように冷たく銀色にかがやいている。走った軌跡が白く発光するさまが見える。」は主人公の走りへの詩的賞賛。

 本書のなかに葉菜子という女性が登場する。本来なら花子という字になるところを、葉菜子に変えただけで、イメージが極端に変化することを、あらためて認識した。


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