食えば食える図鑑/椎名誠著

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「食えば食える図鑑」  椎名誠(1944年生)著
2005年7月  新潮社より単行本初版
2008年5月1日 新潮社より文庫化初版  ¥590+税

 

 北海道から沖縄まで、12の地域に伝わる珍奇な食習慣、ゲテモノに作者が挑む話を纏めた内容だが、作者が断わっているように、現地の人にとってそれらがゲテモノとの意識はない。

 作者は海外でも日本では触れることのない食との遭遇を経験しており、本書にはそれらの体験をも紹介しつつ本書を仕上げていて、学ぶことも少なくなかった。

 表紙で作者が手にする椰子蟹は明らかに沖縄のもので、蟹と称してはいても、実はヤドカリの一種、雑食性の動物である。私自身もこの蟹を味噌汁で食べた経験もあるため懐かしさもあり、表紙を見ただけで入手に及んだ。

 全体を通して、とくに記憶に残ったのは、与那国島の椰子蟹をはじめ、有明海のイソギンチャク、唐津のアラという1メートル大の魚の煮付け、岩手県、宮古市浄土ヶ浜のゴカイやイソメの類、高知のウツボ、下北半島、むつ市のフジツボ、名古屋の納豆サンドと鶏肉入りのアイスクリーム、長野の蜂の子の混ぜご飯、琵琶湖のブラックバスを使った「なれずし」などだった。

 ゴカイやイソメを食べるのは中国人だけかと思っていたが、岩手県の宮古で食べるとは初耳で驚いた。

 作者も指摘しているが、世にゲテモノと称されてはいても、地域によってゲテモノと判断される対象は異なる。日本人の好きなタコなど、かつて西洋人からはデビルフィッシュを食う民族として信じられない思いをさせたが、西洋人が蛙やカタツムリ(エスカルゴ)を食う習慣に日本人は目を背けたものだ。むろん、両者ともに今では日本人の口にも馴染むようになっているし、タコも西洋人が口にするようになっている。

 ヘビや蝉などは沖縄でも、インドネシアでも、中国でも食うが、日本本土では昆虫に限ればイナゴくらいしか一般的ではない。インドネシアではバッタさえ食用である。犬などは発展途上国ではペットではなく、食料品であり、大型のトカゲもヘビも口にする。フィリピンでは鳥の卵が孵る寸前に柔らかいヒナを食ってしまう。中国独特だった生きた猿の頭蓋骨を鋸で切断し、脳味噌をしゃくって食うのはさすがに政府が禁じた。ニューギニアやアマゾンの奥地では、トリカブトの毒を矢に塗り、猿を打って肉を食料にするが、大切な肉資源の一つだと聞く。

 先進諸国の人間が牛肉を食うのをヒンドゥー教徒のインド人は眉をしかめるが、バリ島ヒンドゥー教徒は牛だからといって特別な配慮はしない。同じインドネシアでも、イスラム教徒らは豚も犬も嫌って、口にするなど言語道断。

 また、日本人が馬刺しを口にするのを西洋人はあきれた顔をする。食習慣というものは、各国で異なっているのはお互い文化、風俗、習慣の違いと同じ類に属し、お互い批判を超えていると思うのだが。西洋人にとっては、日本人と異なり、馬との関係がより深く、馬肉を刺身で食べるなどという発想はなかったのであろうが、だとすれば、かれらは馬刺しの美味を永遠に味わえないことになる。

 さらに、現今、日本人猟師らがイルカを大量に捕獲する映像場面が西欧諸国に紹介され、不興をかったらしいが、イルカやクジラを捕獲する行為をとやかく言いながら、かつてアメリカ人はインディアンとバッファローを大量に殺害したし、オーストラリア人はアポリジニ人を殺戮し、イギリス人はタスマニア島を植民地化するとき、タスマニア原住民のみならず、島の固有種、タスマニア・デヴィルをも絶滅に追い込んだ。

 西洋人は植民地にした土地で大量に現地人を殺しているのは豪州だけではない。動物を保護するほどには人間に対しては冷淡な印象を受けるのは私だけではないだろう。イルカやクジラを獲ることに目くじらを立てる資格がかれらにあるのだろうかと私は思っている。

 世はグルメ、グルメの時代だが、本書はそれに反発するような内容とはいえ、そうしたあからさまな姿勢はみせず、作者の人柄がにじみ出ており、読後感も悪くなかった。


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