驕れる白人と闘うための日本近代史/松原久子著

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書評:ためいき色のブックレビュー-驕れ

「驕れる白人と闘うための日本近代史」(松原久子/ドイツ語による著作)

 原題:Raumschiff Japan(宇宙船・日本)

 訳者:田中敏

 1989年ドイツ・ミュンヘンの出版社より上梓

 2005年 日本語に翻訳され、単行本として出版

 2008年9月10日文芸春秋社より文庫化初版 ¥619+税

 本著作は日本人女性がドイツ語で書き、ドイツで出版されたものである。つまり、ドイツ人とドイツ語を理解できるヨーロッパ人に読ませ、日本という国と民に関する認識を改めさせようとの意図のもとに書かれたことを念頭におきながら読むことが肝要。

 ヨーロッパ人がことある毎に、「日本人は相変わらず猿真似をしている。かれらは役立つと思われるものは何でも取り入れる。百年間、かれらは西洋をコピーし続けた。政治機構であれ、法制度であれ、工業製品であれ、そして、それを恥だと思ったことがない。真似という芸当は大昔からかれらの伝統だからだ」と言って、日本人を侮辱する。

 (現在は、中国人が著作権侵害を恒常的に行なう姿勢に、日本の技術者は頭を抱えているが、かつて日本は長期にわたり中国を教師として捉え、多くを学んだし、欧州の人が言うように開国後からは大急ぎで西欧の進んだ文化を取り入れた)。

 一方では、「ヨーロッパ人は他民族、他文化圏から何か役に立つものを取り入れれば、かれらは自分たちがいかに文化的に開かれ、受容能力があるかを誇らしげに語る。そこに何か付け加えて成功したならば、独創的だと自画自賛する。この、ヨーロッパ文化の体面を顕示する際の、バランスの欠けた態度は不思議きまわりなく、そうした態度に我慢ならなかった」と、著者は言う。

 ドイツ滞在中には、TV討論会に積極的に出席、ドイツ人、アメリカ人、イギリス人など国籍を異にする白人たちに負けじと持論を展開した。ある日、討論会が終了し、自宅に向かっていたとき一人のドイツ婦人に出遭った。婦人は彼女に対し、いきなり平手打ちをし、「日本に帰れ」と怒鳴ったという。

 (世界の歴史認識は各国で異なる可能性があり、ある意味で宿命的なものがあると私は諦め半分で思っていたが、日本女性がドイツ語を使って猛然と噛みついた本書には、正直いって、胸のすく思いとともに拍手を送るというより、畏敬の念に打たれた)。

 「大航海時代以降、ヨーロッパ人は世界中に出ていき、植民地にできる土地はすべて植民地にした。植民地争奪戦を互いにくりひろげた裏舞台は欧州全体を覆う貧しさだった。中国にはアヘンを持ち込んで屈服させたが、日本を植民地にすることはできなかった。ただ、開国を迫り、不平等通商条約を押しつけ、治外法権を認めさせた。強者が正義であり、弱者に正義はないということを見せつけた。ために、鎖国時代には経験したことのない悲惨と貧窮が日本社会を襲った」

 

 「19世紀が終わりに近づく頃には、日本人は鎖国による技術分野での遅れをとりもどし、欧米の水準に追いつくために必死の努力をしている唯一の非白人種であることが明らかになり、欧米が製造する工業製品の従順な買い手となるという期待を裏切った」

 「当時、世界中に発展途上の国は多かったが、日本ほど迅速に欧米の水準に追いついた国はない。それを可能にしたのは偏に江戸時代の日本社会が独自の社会体制と管理制度、信用を第一とする市場経済と商業、寺子屋を中心とする教育制度、工芸品製造、文芸、彫刻、美術、さらには全国に通ずる道路網をもっていたため、それらがベースとなったに過ぎない。ただ、狭い国土に3千万が住んでいたため、支配者はそれぞれの階級に自治権を与え、専制支配することを慎んだ。さらに、政治には衆議制をもちこんで独断を廃し、貧富の差が拡大する社会形成を阻む仕組みをつくった。寺子屋での教育により、当時の日本人に文字の読み書きのできない人はほとんど皆無という世界でも稀な教育水準を可能にした。ヨーロッパではおよそ半分が文盲だった時代に」

 「ヨーロッパ社会は長期にわたって一神教による弾圧、階級社会による貧富の格差が常態化していて、格差社会が道理に反しており、異常と感じる神経をもたなかった。だからこそ、かれらは言葉を防御や攻撃に使う武器として工夫し、言葉を巧みに使うことで身を守った。日本人はそういう必要性が史上まったくなかったために、自己主張にも議論にも弱いというだけでなく、逆に自己主張や議論を控えることが人間関係を円滑に保つ術であることを自覚していた」

 「欧米人は日本には個人主義が定着していないことを批判するが、個人主義、個人の自由に高い価値を与えたことは正しかったのか、人間は幸せになったのか。人間は本来的に個人では生きられない、『集団の動物』ではないのか。だれもが自我を優先させたら、社会は崩壊することを、日本人は知っている。鎖国時代の感性がそのまま現代にも生きている」

 「日本は欧米から学んだ実体を伴う軍事力を持つと、欧米が日本に押しつけた不平等通商条約と同じものを朝鮮に押しつけ、朝鮮のもつ豊富な石炭を安価に日本に持ち込み、さらに治外法権エリアを設けることも真似をし、植民地にするために、イギリスがインドに置いたように、総督府を朝鮮に置いた。これに異を唱えた中国(清)と戦争状態に陥り、これに勝利すると台湾を割譲させ、欧米とのあいだに懸案となっていた一つである治外法権を返還させることに成功した」

 (日本は力が正義であることを自らが力を行使することで再認識したと言える)

 「その後、朝鮮が軍隊の駐留を要請したロシアが満州を侵してくると、日露戦争に発展し、日本が陸戦、海戦ともに勝利をおさめ、世界を震撼させた。そして、不平等条約に最後まで残っていた『輸出は欧米の商社を経由する』、『関税は5%』という条件を撤回させることに成功したが、条約締結後53年経っていた」

 (開国したことで、日本は半世紀もの長期にわたって苦しんだということを意味する)。

 「植民地争奪戦で後進国だったドイツはその軋轢から第一次大戦を起こした。日本は連合国側につき、輸送船、軍艦、武器を大量に供給、このときに築かれた技術力が原動力となり、日本は大戦後、世界で六番目の輸出国へと進出した」

 (日本はドイツが僅かにもつ東南アジアの植民地を殲滅し、多くのドイツ人を捕虜にしたが、捕虜の扱いには欧州列強の評価を念頭に神経を砕いた。その間、日本人はドイツ人からケーキ(バームクーヘン)の作り方、器械体操、交響楽を学んだ。また、イギリスの要請に応え、艦隊を地中海に送り、イギリス領のマルタ島を拠点に、連合軍の輸送船や軍艦を護衛、ドイツのUボートによる魚雷攻撃に対応した)

 「大国ロシアを相手にしての戦争に勝利したことは、日本軍部の増長を招き、第二次大戦への道をまっしぐらに突き進むという過剰な自信へと結果した。当時の日本はドイツを感嘆と畏敬の念をもって見、ヒットラーの陶然とするような傍若無人ぶりに魅了され、同盟を結んだ」

 「敗戦後は軍国主義が崩壊させられ、天皇は象徴化され、平和憲法を与えられ、平和を促進する産業を興せと、アメリカに指示され、日本人一般はようやく安堵感を手にしたが、アメリカは軍事大国へ、消費大国へと舵を切ることに逡巡しなかった」

 (とはいえ、朝鮮戦争を経験したことで、日本が軍隊をもつことを望むようになった)。

 「ヨーロッパのルネサンス、工業化は各国同時に始まったわけではない。イギリスが先頭をきり、フランスが真似をし、ドイツなどは数十年経ってようやくその後に続いた。ドイツの鉄道はイギリス人技師によって敷かれた。ルネサンスはヨーロッパ社会を牛耳り君臨していたキリスト教会への、数少ない人たちによる反発から始まった。宗教による弾圧、宗教裁判、異端者や魔女の火刑、迫害を逃れ、国境を大河のように越えてくる難民の群れ、こういう体験は日本人にはない」

 「欧州では戦争がくりかえされ、ペストのような疫病で多くの人が死に追いやられ、社会正義は地に落ち、貧困化はますます先鋭化したが、日本にはこういうことは一度も起こらなかった。だから、かれらの潜在意識の奥深いところで、世界の片隅の取るに足りない風変わりな一民族がいとも簡単に世界の表舞台に飛び出してきて、自分たちが多くの犠牲を払って勝ち得たものを楽々と譲り受けてしまったことに対し、ある種の苦々しさを、不快を感じているのであろう」

 (とはいえ、欧州各国はギリシャやローマ文明の遺産を色々な分野で受領し、それらを礎に近代文明を築いたのであって、欧州が日本人を猿真似という以上に、かれらもギリシャとローマから多くを得ている。)

 以上、文章は必ずしも作者の書いた通りではないが、私がポイントだと思った箇所を抜粋した。

  

 著者は「あとがき」で、「ヨーロッパ人の優越意識と対日本人軽蔑意識を根底から挫(くじ)くために、この本をドイツ語で書いた」という。

 私はこういう書籍が存在することを知らなかったし、こういう日本人女性が存在することも知らずにいた。本書に出遭えた幸運を噛み締めている。

 ただ、世界は今だに武力を背景にしていないと、発言力には限界があり、軽視される傾向のあることは否定しがたい。過去に、日本が国家予算の10倍もの借金しながらも発展途上国に多くの支援をしてきたが、支援した国が日本の国連常任理事国入りに一票を投じることがないのも現実である。「力は正義なり」という法則は今も地球上に生きているということだ。

 また、日本人自身が白人種に対し神経質なばかりか、いまだに謂れのない遠慮をし、劣等感をもっていることも事実であり、そのあたりの精神的な壁を越えないと、真に正常な関係は築けないような気がする。

 ドイツ語で書いた女性作家の本書は、最近読んだ書籍のなかで一押しのものと評価する。


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