強姦の歴史/ジョルジュ・ヴィガレロ著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

強姦の歴史

「強姦の歴史」 ジョルジュ・ヴィガレロ (Georges Vigarello/フランス人)著
藤田真利子訳   作品社刊
1998年フランスで初出版   1999年8月日本初出

 強姦は古今東西、売買春と同じく、絶えることなく起こっている、古くて新しい問題。

 歴史的に変化したのは「強姦」に対する社会的な見方、考え方、著者の言葉を借りれば「人々の感受性の変化」であり、それが加害者、被害者双方に対する社会的な応接の仕方を変えた。

 本書はフランスを舞台に16世紀から20世紀までの「性的犯罪」あるいは「強制猥褻」に、あえて「強姦の歴史」という刺激的なタイトルを付し、フランス革命をはさみつつ、この問題に関する社会的な反応と人々の心情的な捉え方、さらには医学者の見解、裁判所の判決結果などの変化、変遷を膨大な資料をベースに克明に記述したものである。

 著者の嗜好でもあろうが、作文にくりかえしというより、しばしば詳細が過剰で、読むことに少なからず頭痛が伴う。

 とはいえ、はからずも、本ブログで書評した「ヴァギナ」の著者が「かつて西欧では『女性蔑視』」がひどく、『女性は二級市民扱い』されていた』と喝破しているが、「女は子供時代は男親の、働けばそこの主人の、結婚すれば夫の、いずれも所有物としてあつかわれ、強姦や近親相姦があっても、裁判上は被害者の問題としてではなく、被害者の所有者の問題だった」という歴史的事実を裏書する形になっているし、20世紀に入っては「セクシャル・ハラスメント」のほかに「小児性愛者」という言葉が新しく登場する。

 フランスが過去に通過した「強姦されても恥辱が先に立ち、口に出せなかった」というレベルの国は現在も地球上に存在する。また、児童の性を売りものにしている後進国もあるし、それを買いにいく先進国の人々もいる。女性器の一部切除を習慣としている国もあるし、一夫多妻を堂々と認めている国もある。

 また、インターネット配信による強制的なエロ画面の侵入が茶飯事なのが現代。拉致、監禁、暴行、隠し撮り、幼児強姦から殺人まで増えているのも先進国の特徴。わたしたちがいま当面しているこうした問題をどう解決すべきなのか、本書を読みながら考えてみるのも悪くない。

 奇異にも面白いとも思ったのは「ダーウィンの進化論」が欧州社会に与えた影響である。それは、世の中には進化せずに精神後退する人間があり得るのではないかという恐れだ。たとえば、童女や少年にしか性欲を感じない人間は特異な人間であって、落伍者というより「人類のもつ後退現象」あるいは「原始時代の人間がもつ衝動への回帰」なのではないかという、うがった見方が生まれたこと。

 著者自身がいうように「強姦について書かれたのは本書が初」であることは事実であろう。また、このことは私が次に書評を予定している「裸のサル」とも関連するかも知れない。

 最後に面白い話を一つ: 強姦に対する最大の武器、防御は笑い、哄笑である。大笑いしている女性に男は一物を勃起させ得ない。そういう雰囲気が吹っ飛んでしまうからだ。この「強姦防御法」はむかしフランスに留学していた日本女性から教えてもらった。

 セクシャルハラスメントに関することだが、2006年にアメリカの料理店で働く日本女性への継続したセクシャルハラスメントで、当事者は弁護士と相談のうえ、20億円以上の訴訟をやっているが、私の個人的観測によれば、この女性は意図的にここまでもってきて訴訟したという印象をもっている。

 日本の板前の世界では、徒弟制度の名残が強くあり、部下を叱責する、場合によっては殴るなどの行為まであって、若い人が段々にこの世界から離れていく傾向があり、そういう世界では、女の尻に触れたくらいは日常茶飯事で、やった本人も罪の意識などはない。尻をさわられてそれに嫌悪を感ずるのであれば、即座に退職するのが普通だが、この女性のケースではとことんやらせておいて、金をとるという、アメリカの訴訟社会を熟知した上での意図がまずあったという気がしてならない。日本でなら成立しない訴訟も、アメリカでなら、相当の金を賠償金として支払わされることになる可能性が強い。

前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ