ユダヤ人の歴史(下巻)/ポール・ジョンソン著

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ユダヤ人の歴史 下巻

「ユダヤ人の歴史」 下巻
ポール・ジョンソン(Paul Johnson)著
石田友雄監修、阿川尚之・池田潤・山田恵子訳
徳間書店刊単行本

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 人類がユダヤ人に負うているものがいかに多様かを学ぶことができた。

 「ユダヤ人が存在しなかったら」資本主義や共産主義はどのように出現しただろうかと想像したり、戦争の歴史もどのように結果しただろうかなど、想定外の色々が脳裏を去来する。

 読了したとたん、「宗教とは?」という、宗教にほとんど関心のなかった頭脳にあらためて疑問が浮かんだ。

 どの宗教も、たぶん、多かれ少なかれ、人間のもつ煩悩、業(ごう)、性悪さの認識に始まり、そこに基づいて「神を想定」、「悪行をしないことを約束することで神に救いを求める」というユダヤ式の図式から始まったのであろう。ただ、悪事を働いても、懺悔することによって罪が許されるという理屈はわからない。(とはいえ、善人なおもて往生す。いやんや、悪人をおいておや」という日本の僧侶の言葉もあり、「安きにつく」という心境が人類に共通した心理なのかも知れない)。

 日本人の「情でものを考える」姿勢は日本国内の日本人同士には通用しても、それがそのままグローバルに通用するかどうかは限りなく疑問であり、通用させるためには、それなりの難関や障害があることを知った。

 さらには、日本人はなにかというと「国を焦土と化しても」とか「戦いに利なければ玉砕あるのみ」といった、いい格好しいの姿勢に出る人物や「集団自決」を尊しとする傾向があるけれども、ユダヤ人がこういう生き方をしていたら、かれらは地上に残らなかったであろう。島国で大陸から海を隔てて育った日本人特有の甘い心理というしかない。

 この10年間に読んだ本のなかで最も感銘を受けた本であること、限りなくインパクトの強い本であることを明記したい。

 ただ、パレスチナ人が居住していた土地に「シオニズムを完成したこと」、つまりかれらが数千年間ものあいだ念願し続けた「イスラエル」という国を西欧のバックアップを得て樹立したまではいいが、今後、中東情勢がパレスチナばかりでなく、ヨルダン、シリア、エジプト、イラン、サウジアラビアを含め、どのような関係が樹立されるていくのか、あるいはエンドレスの殺し合いに終始するのか、我々が見定めていかねばならない世界の一地域である。

 驚くべきことは、迫害され、追放され、虐殺され、離散をくりかえすだけで、決してみずから武器を手にしなかったユダヤ人がイスラエルという独立国家を建設後、その性格を180度変貌させ、戦争のプロと化したことだ。

 もちろん、かれらが優秀な戦士となり得たのはアメリカの膨大な軍事的、経済的支援があったからで、あたかも4千年の恨みを晴らすかのような暴力はいずれ自らに跳ねかえってくるのではないだろうか。その種の、人間がもつ反動、負の力について、ユダヤ人ほど身をもって知悉している民族は他にいないはずなのだが。


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