未亡人の一年/ジョン・アーヴィング著

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みぼうじんのいちねん

「未亡人の一年」(上下巻)
ジョン・アーヴィング(John Irving/アメリカ人)著
都甲幸治/中川千帆共訳
原題:A Widow for One Year
1998年アメリカで初出版
新潮文庫 2005年9月文庫化  各¥819+税

 文庫本とはいえ、上下巻あわせて1000ページを越す、長い長い小説。

 フィクションで、これだけ面白く、わくわくさせる作品、途中で止められなくなる作品に出遭ったのは初めて。

 物語の展開は文字どおり驚嘆に値する。こういう作家がアメリカに存在することを私は知らなかった。私の知るアメリカ人作家といえば、ヘミングウェイ、カポーティー、メルヴィル、あとはパトリシア・コーンウェルの推理小説ぐらいが印象的で、アメリカ人作家に物語をこのように繊細に、かつ複雑に紡ぐ作家がいることを期待しなかった。

 ロシアのコケシ人形に「入れ子式構造」という、他に類のないコケシがある。コケシのなかにコケシが存在し、そのコケシのなかにまた別のコケシが存在するというものだが、本作品は一つの物語のなかに別の物語があり、その物語のなかにさらに別の物語があるという、まさに「入れ子式構造」で全編が構成されている。

 多くの個性的な人物を登場させ、それぞれの人物を浮き彫りにしながら、一体だれがこの作品の真の主人公なのかという点でも、物語がどこに行き着くのかという不安や、場合によっては焦りに似たものをも感じさせるという奇妙さがありはするが、物語の展開にはなるほどと思わせる起承転結があって、読者は違和感を持たず、最後まで倦むこともない。

 この事実はひとえに、作者の創造力の非凡さ、独自性が可能にしたのだと思われ、助手を3人も使って、資料、文献を検察、舞台となる土地の調査をさせることが可能なアメリカ人の大作家ならではの余裕も感じられる。

 作者はインタビューで「自分は小説家として、読者の笑いや涙を誘い、読者の感情を揺さぶりたい。知的に説得したいとは思わない」といっている。また、訳者は「あとがき」で、現代の男女関係は「品物の買い棄て」と酷似し、くっついては離れ、離れてはまた別の異性とくっつくという不毛な関係しか結べないという現象を横目で見ながら、「愛」とはなにかを徹頭徹尾追求していると解説している。

 表題は「未亡人の一年」だが、作品は40年間にわたってそれぞれの主要人物の動きを追い、読者の期待を裏切らないという点でも、「いくぶん古風」な印象は残る。そうした書く姿勢が19世紀的だというのなら。

 なかで、印象に残った表現:

1.人前ではじめて裸になるときぐらい裸なことはない。

2.破れたコンドームのように信頼できない男。

3.恋に落ちることと、恋に落ちたと想像することの違いをだれが判るだろうか。本当に恋に落ちることでさえ、想像の産物なのに。(スタンダールを想起させる一文)。

 小説で、これだけの作品に出遭うチャンスはそうはない。ノンフィクションは内容さえ魅力的なら、たとえ文章が多少稚拙でも失敗は少ないが、小説の場合、発想や展開が拙劣だと、「つくりもの」であるがゆえに、裏舞台が見えてしまい、しらけてしまう。 読者を牽引する力は、創造力そのものに依存しているからだ。その意味で、この作品は圧倒的な、魅力に充ちた、不思議な作品である。

 表紙の写真から推測すると、出版後に映画化されたようだが、映画は決して原作を凌ぐものに仕上がってはいなかったであろう。


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