悩む力/姜尚中著

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悩む力

「悩む力」  姜尚中(カン・サンジュン/1950年生/東京大学大学院情報学環教授)著
帯広告:悩みなき人生こそ貧しく不幸な生き方ではないか
2008年5月21日  集英社より新書初版  ¥680+税

 帯広告の裏にある「悩みの果てに突き抜けたら、横着になってほしい。そんな新しい破壊力がないと、いまの日本は変わらないし、未来も明るくない」という言葉は本書のなかにあり、この言葉に著者の言いたいことは集約されているかに感ずる。

 作者は一貫してドイツのマックス・ウェーバーと日本の夏目漱石の相似性を説明しながら、かれらの学説や文学を紹介し、時代のはざまで悩んだ二人の人物が残した文章から、自論を展開する。

 私が面白く思ったのは、次のような言葉である。

 「戦前に生まれ戦後の混沌のなかで闇雲に前進してきた世代と、戦後、経済成長がある程度達成された後に生まれ育った世代とには相当の開きがあるのと同じように、幕末から明治維新をくぐりぬけてきた世代と、新しい国家建設が進み、日清、日露戦後の拡大路線のなかで生まれた育った世代とでは、その意識もかなり違っていただろう。そして、それぞれの事後の世代は同じような苦悩や白けたものを感じたであろう。事後の世代に共通するのは、事前の世代が前進あるのみという前向きの姿勢に徹しているのに対し、事後の世代には虚無的で諦めのようなものがある」。

 「資本主義は金をめぐって生きる人の人間性や精神性を結局は捻じ曲げてしまう。マネーゲームに没入している人間には金融資本主義のもつリスク、人間の精神をいびつにする危険性への警戒心が希薄。情報量と知性とは別物。たとえば、パソコンや携帯電話を使いこなせることと、こういう機器の仕組みを知っていることとは別の次元のもの。正常な人間関係が構築されてない現代社会は一種のインポテンツ」

 「人間の自我のなかには、知の側面と並び、野蛮な情念をひっくるめて自我というものが形成される。青春期はことに他者との間に狂おしいほどの関係性を求めるもの、今はそういう剥き出しの志向はみえない」

 「少子化や高齢化や赤字財政がどうであれ、家族の絆が強く、人と人とが支えあい、個々人のアイデンティティーに安らぎをもたらしているのならば、経済的に困難が横行していても、未来への希望がかすんでしまうことはない」

 「実際には、人を消耗品のように使い尽くす過酷な競争システムのなかで、残酷で薄情な扱いを受け、結果、孤独感や猜疑心がつのり、希望はしぼんでいく」。

 作者は在日の二世であり、両親はもとより作者本人も、過去、日本人による差別待遇や侮辱に耐えつつ、苦労し、苦悩したはずで、そのことは容易に察しがつく。この作者の持ち前は、そうした、いわば修羅場経験を決してあからさまにはせず、恨み辛みを露lわにすることもなく、穏やかな語り口に終始して、過去から身をもって学んだことをテーマに沿って訴え、あわせて苦悩することから生まれる人生の意味と明日への希望を力まずに書く姿勢に、一読者として私は深く感ずるところがあった。

 「悩んで悩んで悩みぬく体験の向こう側に燭光が見えている、悩みがあってこそ人生を豊かなものにすることができる」という話は、この作家ならではの感受性から発想されるもので、現代日本人には欠けた感性である。自制力に裏打ちされた深い思索こそがこうした言葉を捻りだすことに寄与したのだと思われる。

 この作家の著作に触れたのは二度目だが、一貫しているのはブレがないこと、日本人が失ってしまった品性があること、人間として幅の広さを感じさせることだ。


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