軍艦武蔵(下巻)/手塚正己著

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「軍艦武蔵」下巻  手塚正己著
帯広告:武蔵沈没。運命が青年たちを呑みこんだ。日本人必読、不朽の感動巨編。
2009年8月1日 新潮社より文庫化  ¥857+税

 本書、下巻は武蔵の沈没から終戦までを扱っているが、日本海軍の消長を軸としつつ、太平洋戦争の全貌を伝えようとの意思のもと、憑かれたように取材に次ぐ取材、インタビューに次ぐインタビューに奔走した様子が想像される。

 そのことは日本軍の惨憺たる敗戦の記録を時系列を追って確認していく作業に似た読書となり、疲労感だけでなく、当時の軍部のアホさ加減に否応なく触れることにもなり、次第に不快感に胸がふさがれることにもなった。

 記憶に残った要点を記すと;

1.大艦の欠点は飛行機による空からの攻撃に弱いだけでなく、駆逐艦十隻分にあたる燃料を必要とし、維持管理にも数倍の人手と時間を必要とした。

(現在のダムや高速道路建設を想起させられる。建設後の維持、管理にかかる人件費を含めたコストを適切に想定していないことの官僚的愚に酷似)。

2.18年9月の段階で、巨艦二隻(大和、武蔵)はいずれも帝国海軍のお荷物と化していた。(終戦は20年8月)

3.フィリピンのシブヤン海での第三次戦闘までに、武蔵は魚雷9本、爆弾7発、至近弾16発を受けながら命脈を保ち、なお20ノットの速力を維持していたが、5時間におよぶ第五次戦闘が終わった時点で武蔵は命中爆弾17発、魚雷20本、至近弾18発を受け、よろめくように航行した。

4.「総員退去」の命令が出、艦が沈没したあと、2196名が海上に投げ出されたが、護衛艦2隻に救助された生存者は1400名だった。

5.参謀本部は現地の実情を知らずに机上の空論で戦術を練るばかりであったことも、敗戦に次ぐ敗戦を決定的にした。

(戦後、官僚と政治家が地方の実態や庶民の生活を無視して政策を実施してきた歴史に相似。あるいは、また、自分の票田地域のインフラ整備にしか思念が向けられなかった政治家、向けられない政治家にも相似)

6.戦闘の結果についてはミッドウェー海戦以降、隠蔽に次ぐ隠蔽が常態化し、国民はツンボ桟敷に置かれた。

(戦時はある程度そうしたものではあるが)

 本書が膨大な資料と取材に基づいたものであり、戦史として過去に例のないノンフィクションであることは事実だが、兵士の個人史にまで踏み込んだ一部は余計だったように私には思われた。

 ただ、「覚書」に「二十代の時に吉村昭の「戦艦武蔵」を読み、胸を揺さぶられた」との胸の内が披瀝されていたことには何故かほっとするものを覚え、吉村作品がいずれかといえば、武蔵の建造に力点が置かれていたため、「その後の武蔵」を書くことに意欲を覚えたとあり、本作品に着手する動機が窺えたことは、吉村フアンとしては嬉しかった。


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