軍艦武蔵(上巻)/手塚正己著

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「軍艦武蔵」上巻  手塚正己(1946年生)著
帯広告:阿川弘之氏絶賛「これほどの書物は戦後60年間、一冊も世に出ていない」。世界最大の戦艦をめぐる、比類なき人間ドラマ
2003年4月 大田出版より単行本刊行
2009年8月1日 新潮社より文庫化初版  ¥857+税

 戦艦「武蔵」に関しては、かつて故吉村昭が書いた作品(「戦艦武蔵・ノート」を含め2冊)に痺れた記憶が強く、それを上回る作品であるかのような帯広告と、上下巻に分けてなお、いずれも600ページを超える分厚さに目を奪われた。

 「大和」にせよ、「武蔵」にせよ、空軍が戦争時の主力たる時代に移っていたにも拘わらず、一部の軍人もそのことを認識し、声高にそのことを主張し、大和と武蔵を造るコストがあれば、戦闘機を1千機は造れることをも指摘していたが、当時の軍部は巨艦巨砲主義に拘泥したことがそもそも敗戦の元凶であったとの反省があり、戦後はそれが一般の常識にもなっている。

 そうした指摘を裏書するように、真珠湾とマレー半島沖での戦闘では、日本の空母から飛び立った戦闘機みずからが敵艦を撃沈、続いて起こったミッドウェー海戦では逆に敵の空爆に空母、戦艦、戦闘機を多数失った経験がありながら、軍部はなおかつ大和、武蔵の強靭さを疑いもしなかった。

 本書の特徴は武蔵にかかわる、あらゆる経緯や経過を人事やエピソードなどばかりではなく、生存者からの直接のインタビューや太平洋で行なわれた諸々の戦闘を含め、いわば太平洋戦争の全貌に筆を染め、こまごまと書き上げた労作と言えるが、読者によってはそうした部分が退屈きわまりなく感じられる可能性も否定できない。

 上巻は武蔵が完成し、訓練に明け暮れ、トラック島、パラオ諸島に停泊し、事前に敵襲を察知、辛うじて日本本土に帰還のうえ、修繕、補給後に武蔵が海の藻屑となって消えるフィリピンのシブヤン海に向かって出撃するまでを描いている。

 ちなみに戦艦「武蔵」を建造したのは三菱重工、長崎で造船されたが、構造の主たる特徴は以下の通り。

 全長263メートル、船幅38.9メートル、排水量6万4千トン、最大速力27ノット、機関出力15万馬力、特殊な武装46サンチ砲3連装3基=9門、乗員総数2,417人、舷側の鋼鉄の厚さ40センチ。

 下巻については次の書評で紹介する。


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