世界の歴史がわかる本(ルネッサンスと大航海時代~明、清帝国篇)/綿引弘著(パート5)

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「世界の歴史がわかる本」 綿引弘(1936年生)著
ルネッサンス・大航海時代~明、清帝国篇
三笠書房  文庫   ¥533+税

書評「パート5」

 目に止まったところだけを以下に記す。

1.喫煙者の処刑:

 1)オスマン・トルコ、第7代のスルタン、ムラト4世は喫煙者を見つけ次第 首をはね、最終的に処刑者は2~3万人に昇った。1648年のムラトの死後、禁止令は解かれた。

 2)ナポレオンはタバコの専売制度が利益を生むことに気づき、それが今日でもフランス政府の税収になっている。

 3)ロマノフ王朝は喫煙を厳しく禁じ、喫煙者はシベリア流刑、財産押収、鼻削ぎの刑などに処した。この禁が解かれるのはピョートル1世の治世から。

2.東南アジアは宗教的に多様ではあるが、どの国もモンスーン地域に属しているため、稲作中心の農耕社会が形成され、こういう社会は男女協力して労働する必要から、女性の地位が他文化圏に比べ高かった。

3.韓国は前108年から400年間、漢の武帝以下、代々の中国皇帝に支配され続けた。4世紀以降、日本と交易したのは百済だが、新羅は660年に唐と結んで百済を攻撃、これを滅亡させた。このとき、日本は支援を要請され、船団に武士を乗せて現地に赴いたが、百済はすでに滅んでいた。

 (昭和天皇はかつて「むかし百済王室から一人の姫をもらったことがある」と発言したことがある)。

 668年、新羅が高句麗を破り、朝鮮統一をなしとげた。

 その後、高麗朝(918年~1,392年)が復興、弱体化していた新羅を破滅させた。

 14世紀末には、倭寇の海賊行為があり、明が鎖国したため中国人による海賊行為も多発、そうした背景のなかで内乱が起こり、抗争に明け暮れする隙を突くように、契丹族、女真族、モンゴル族が朝鮮半島に侵入し、結果的に全土は、一時、完全にモンゴルの支配下に入った。

 1392年、将軍、李成桂が高麗を倒し、政権を掌握、李王朝(1392年~1910年)を樹立。英語の「Korea」は高麗を語源としている。

 16世紀、豊臣秀吉の出兵と、明軍の進駐によって、国土を荒らされ、その後、清の侵入を受け、清に従属する形で国を守った。

(上記したような過酷な歴史体験をすれば、「恨と慟哭」の精神が国民の性格づけを決定的なものにしたであろうことが想像できる。歴史的に外国から侵入、侵攻され続けてきたわけだから、反日感情だけを声高に口にすることは合点がいかない)。

 徳川家康は自らが江戸幕府を開いた後、秀吉の侵略行為を対馬藩主を経由して詫び、強制連行した韓国の人々を送り返して、国交を回復。徳川幕府の政権が変わるたごと、朝鮮王の即位ごとに、互いにそれを祝う通信使を往来させた。朝鮮からは都合12回来日、1回につきおよそ500人の一行となった。

4.明が元を倒す14世紀後半、紅巾の乱に始まった内乱に朱元章という貧農出身の人物が加わり、次第に頭角を現し、各地で元の軍を破り、1368年に、100年支配してきた元をついに倒し、明を建国、自ら洪武帝と称した。

(日本が一世一元制を採用しているのは明の真似だが、現在、この方式を採っているのは世界で日本だけになっている。私個人は早いところ、日本だけにしか通用しない元号制度を廃止してもらいたいと思っている)。

 洪武帝は禿げ頭にコンプレックスを抱き、僧と同じ発音の言葉や文字を目や耳にすると、その発言者や作文者を直ちに処刑するという狂気の持ち主でもあり、彼一代で10万人が殺戮された。

 1644年、李自成(満州族出身)が疲弊していた明の最後の皇帝である万暦帝の没後、反乱を起こし、北京に入城、明を滅亡に導き、清を樹立した。

 清の時代の皇帝のうち、康熙帝、乾隆帝の時代の130年間は世界最大の大帝国だった。ロシアのピョートル1世、フランスのルイ14世を凌ぐ名君と、宣教師らに絶賛された。

 清朝が人々に強制したことで最も嫌がられたのが満州族の風習である髪を尾のように背中に垂らす弁髪(べんぱつ)だった。政府官吏は弁髪をしない人間を見つけると、厳しく処断したため、人々は嫌々ながら、これに従った。

 貧から身を起こした朱元章と毛沢東とは相似の関係にある。

 以上で2冊目を終わるが、従来知られなかったことがふんだんに解説され、内容の濃さが読書スピードを減ずることはあっても、飽きることはなかった。

 次ぎは、三冊目(最終篇)に進む。総評は最後のパートに譲る。


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