証券詐欺師/ゲーリー・ワイス著

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「証券詐欺師」 副題:ウォール街を震撼させた男
ゲーリー・ワイス(アメリカ人/ニューヨーク生)著
原題:Born to steal / When the mafia hit wallstreet
訳者:青木純子
アメリカでの初版:2003年
集英社による単行本初版 2007年1月

 

 作者はビジネスウィーク誌専属のレポーターだったが、証券詐欺を追ううち、本書の主人公に出遭い、インタビューに成功、上梓に至った。

 本書の軸をなす「証券詐欺」とは、マイクロギャップと呼ばれる超低位株をあらかじめ大量に購入しておき、後に株価を操作し、一般市民を犠牲者として、言葉巧みに売り込みをはかり、不当な利益を得る手法のことであり、こうした詐欺が可能だった背景として、訳者は「社員たちの不正行為に気づかない企業経営者の杜撰、不正を知っていながら見て見ぬふりをする規制当局の怠慢、個人投資家の投機熱を煽るマスコミの無責任、法の網をかいくぐって暗躍するマフィアの存在といったものが、ウォール街の病弊を構造的悪の連鎖に仕立てた」と言い、「本書は証券業界における株式がらみの犯罪について社会に警鐘を鳴らす目的で書かれた」と解説する。

 主人公が作者のインタビューに応じたのは25歳か26歳時のことだが、ニューヨークのブルックリン生まれの学校にも行っていない若造であり、18歳からウォール街の裏社会で生き、持ち前の巧妙な語り口、軽妙な甘言を弄して一般人から金を絞り上げた。社会的なルールも、証券業界のルールも一切無視し、「金をくれるのは人間であって神ではない」、「おれの聖書には『汝、盗むべし』と書いてある」「金をちょろまかさない人間は愚直に過ぎる」などとほざく。

 20歳当時から月に1万ドル(100万円)から3万ドル(300万円)、ときには10万ドル(1千万円)以上を稼いだが、金は博打、酒、女、麻薬、装身具、車などに湯水の如く使い果たし、そういう話を自慢たらしくしゃべるのだが、それを長期間にわたって聞いた作者の忍耐力に唖然としつつも感心もした。読み手としては、男はただの低俗で卑劣なチンピラ、性格破綻者であり、もっといえば、バクテリアと同類の下等動物を想い描いたほどで、読み進めるほどに、底知れぬ軽薄さと知性のかけらもない話しぶりに不快が不快を呼び、それが増幅もし、読了するまでに5日もかかってしまった。

 とはいえ、犯罪として中身の濃さこそ違うかも知れないが、似たような現象、不正行為は日本の証券業界に存在しないとは断言できない。バブルがはじけて以後、日本の株式市場は自主性を失い、外資に振り回されている現状からも、「ひょっとして」という思いが絶ちがたい。

 男は「神はこの世に不在の架空の存在だが、悪人は地球上に何億、何十億と実在する」とか、「人間のやることに一点の曇りもないといえば嘘になるし、同様に企業経営を人間がやる以上、企業でも100%健全な経営をし、決算を行なう企業はないだろう」といった言葉には納得せざるを得ない。

 元司法長官だった人物がその著書のなかで、「なぜマフィアのような秘密犯罪組織が駆逐されないのか。組織が今やロープ際まで追い詰められたにも拘わらず、我々市民が長期にわたって組織の存在を平然と認知しているのはなぜか」との疑念を披瀝しているが、同じことは日本のヤクザ組織にも通じ、長官の言葉は「TVや新聞報道で暴力団という言葉が頻繁に使われ、つまりは暴力団の存在を明らかに認めているにも拘わらず、その存在を許容しているのはなぜか」という私の疑念とも符丁が合う。作者は「たぶん、受刑という代償を何度も払うからこそ、市民もそれを恐れ、地位と権力と自由とをほしいままにするのだ」と言うが、私にはピントのずれた説明としか思えない。

 西欧人の著作には、最初か、物語の始まる直前のページに先人が残した言葉や詩文、あるいは聖書の言葉を書くことが習慣化しているが、私を唸らせるような文句にはあまり出遭うことはない。ところが、本書の次の文面には感動した。曰く「人が感官の対象を思うとき、それらに対する執着が生ずる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる。怒りからは迷妄が生じ、迷妄から記憶の混乱が生ずる。記憶の混乱から知性の喪失が生じ、知性の喪失から人は破滅する」(バガヴァッド・ギーターの第二章)と。

 ニューヨークにはビジネスで何度も足を運んだ経験を持つが、本書により初めて知ったことが一つある。それはウォールストリートの語源に関するもので、「ウォール」は英語の「Wall」であり、壁のことだが、オランダ人が初めてマンハッタン島に入植したとき、インディアンの居住地とのあいだに塀をする目的で壁をつくった。そこに命名の起源があるという説明だった。むろん、後日になって、オランダ人らはイギリスからの入植者により追い出されてしまうし、ニューアムステルダムという最初の都市名もニューヨークに変えられたが。

 正直いって、期待したほど内容的に面白いものではなかったが、本書を原書で読めば、ニューヨークの下品な下町英語を学べることは間違いがない。


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