坊ちゃん/夏目漱石著

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坊ちゃん

「坊ちゃん」 夏目漱石
新潮文庫 1950年文庫化初版

 高校時代に読んだことはありはするが、「赤シャツ」、「山嵐」、「野ダイコ」、「マドンナ」など、ニックネームをつけられた登場人物たちの名前しか浮かんでこず、内容が記憶にない。そのことに気づいたことが再読する動機となった。

 明治維新の前年(1867年/慶応年間)に誕生した作者は東京帝国大学の英文科を特待生として卒業、1900年に国費留学生としてロンドンに留学、年譜によれば、その間神経衰弱に陥り、発狂したとの噂まで伝わり、3年弱で留学を切り上げて帰国する。以後も、神経衰弱と胃潰瘍(吐血を含め)でたびたび入院生活をする。

 そうした年譜から与えられる印象に加え、本書の文中に「プッシング、ツー、ゼ、フロント」とある言葉が全く理解できなかったことを記しておく。「注解」によれば、それは「Pushing to the front」が原文であり、これではまるで昔々の英語教師の発音と同レベルであり、現地留学中、夏目漱石の英語は発音が隘路となってイギリス人に通じず、孤独感に襲われ、ためにノイローゼに陥ったのではないかとの推測に結びついた。

 ところが、解説者によれば、「当時のイギリスは七つの海を支配し、爛熟期の曲がり角にあり、ロンドンは完全な都市化がはかられていた。人々は自転車で道を往来し、地下鉄道まで敷設され、街が自然から切り離された状態にあった。漱石はそうした現実から、先進国というものの未来を想い、日本もいずれそうした変容を遂げるであろうことを直観、未来への希望を喪失、神経衰弱に陥った」との説明があり、今日の「環境破壊」を予見したかのような記述に驚いたものの、なんとなく嘘くさい。

 とはいえ、本ブログで2006年11月に書評した「日露戦争に投資した男」では、日英同盟が成立したときに、ちょうど漱石はロンドンに在り、岳父宛の手紙に「貧乏人が富貴の家と縁組できたことに狂喜乱舞する日本の様が思い浮かぶ」というような印象を書いている事実があり、神経を侵されているような印象はなく、むしろ冷静沈着な想像力を窺わせている。

 「同時代を生きた正岡子規、尾崎紅葉、幸田露伴らが西欧文学に影響されつつ、いわゆる「文語体」「美文調」をこととし、数多くの作品を書いたが、現在これらの作家の手になる作品を読もうという人はわずかであるのに比し、夏目漱石だけはむしろ孤高の作家として江戸時代から引き継がれた感受性をベースに、日本人が基本的にもつ「善」と「美」の原理を軸とし、さらには「会話体」に徹底して小説を書いたことでそのことが今日でも漱石作品が愛読者を失わずにいる所以(ゆえん)ではなかろうか」とあり、本書の主人公の直情径行や単純明快さを誇張した意図がはじめて理解できた。

 とはいえ、漱石は頭脳明晰だが神経質な人物という印象は拭いがたく、もっといえば、自己顕示欲の塊のような人物ではなかったかと思われもした。だからこそ、彼は人種差別の強い英国にあって、コンプレックスからノイローゼに陥ったのではないかとも推察される。

 以上、書評という以上に、人物論になってしまったが、書を通して、歴史上の人物となってしまった作者の人となりを想像してみるのも一興。


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