文明化した人間の八つの大罪/コンラート・ローレンツ著

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文明化した人間の八つの大罪

文明化した人間の八つの大罪
K.ローレンツ(Konrad Lorenz/1903年生/オーストリア人)著
訳者:日高敏隆、大羽更明
1973年9月  新思索社より単行本初版 ¥1600

 作者は医学、哲学、心理学、人間行動学と幅広い分野に精通する学者で、1973年には医学生理学の分野でノーベル賞を受賞している。

 ドイツ語で書かれた、この種の著作は翻訳に難渋するのが常で、本書も二人の専門家が苦吟しながら翻訳している。ために、文章は難解であり、何を言っているのか理解できない部分もあったことを披瀝しておく。

 作者のいう八つの大罪とは:

1.地上の人口過剰
2.環境破壊
3.経済の際限のない競争
4.人間の虚弱化、感性や情熱の萎縮
5.遺伝的衰弱、幼児化現象
6.社会が構築してきた伝統の崩壊
7.マスメディアによる大衆支配と世論創造
8.核兵器の製造

 本書が1973年に日本語に翻訳されたことは、少なくとも、原書の上梓はそれ以前であったことを考慮しておく必要があるだろう。

 以下は理解できた内容からポイントと思われる箇所を、私なりに咀嚼した言葉で列挙する:

1.生物発展の原因のうち、突然変異と遺伝子の再編の過程と並んで最も重要な役割を演じているのは「自然淘汰」である。

2.際限のない増殖、狂気にまで達しつつある競争の慌しさ、一層ひどくなる軍備拡張、進行しつつある都会人の虚弱化などは、人間にとって何の役にたっているのか。観察してみると、こうしたいわば誤った機能は本来なら種を維持する価値を発揮するべき行動メカニズムの狂い、言い換えれば、病理的なものとして捉えるべきもの。

 この病理狂いは生物的システムの分析にとって克服しがたい障害であるどころか、それを理解する鍵でもある。

3.内分泌腺(ホルモン)のシステムや、その研究の歴史は人間の衝動の全体的システムを理解するうえで、有効な示唆を提供してくれる。独立した衝動の源泉が人間にはたくさんあり、その多くは本能に帰せられる。

 人間を「本能の退化した生物」と呼ぶのは誤りである。本能動作の長い鎖が人間に欠けているのは確かだが、高度に進化した哺乳類で得られた成果から推測するかぎり、人間に備わっている本能的な衝動は他の動物に比べると、少ないどころか、むしろ多い。

 人類が病理的な狂いをきたした行動を判断する際には、この事実は重要。

4.憎しみ、愛、友情、怒り、誠意、愛着、不信、信頼などという言葉は、特定の行動様式の準備にある状態の総体を表している。攻撃性、順位傾向、テリトリー性、生理的気分という言葉と結びついた抱卵気分、交尾気分、飛翔気分なども同じ。それぞれが実際の衝動のシステムに対応し、どれもがよく秩序だてられ、調和的に働いている一つのシステムの環であり、それ自体として不可欠の環である。

 高度に統合された生体システムに常に見られる構造特性の一つは、調整回路、調節という性質であり、それは生命の維持にとって不可欠であり、生命の発生と同時に発明されたとしか考えられない。

 わずかな機能過剰や機能低下なら、平衡状態は簡単にとりもどせるが、システム全体が混乱し、危うくなるのはもはや平衡を回復できないほど部分の機能が高まったり、減少したりしたときで、調節機構それ自体が混乱をきたしたとき。

5.近代的な大都会に群集が集中して詰めこまれていることで、人間が本来もっている温かい人間愛が欠乏してくる。「人類愛」という言葉はあっても、人間はあらゆる人を愛することができるようには生まれついていない。人間が都会に集中することそれ自体に、すでに非人間性の悪臭が漂っている。感性の平坦化現象を生み、無関心という現象が、暴行や犯罪をたやすくさせもする。

 (人間は本来的に人間同士殺しあう動物である。相手が異教徒だったり、異文化圏の人間だったり、民族的に劣っていると思われる人間だったりすると、殺意をもつことに同じ地球上の人間同士という感覚が消えてしまう。とはいえ、殺し合いが、もし、地球上から消えてしまったら、地球上の人口は増える一方で、人口爆発はもとより、食料と飲料を追って、再び戦争の火玉となるだろう。我々はどういう矛盾の只中に生きている)。

6.動物界は、捕食する側と、捕食される側とが微妙なバランスを保って互いに共生している。とくに、捕食する対象が限定されている場合、被捕食側の生存率には、捕食する側も神経質なほどの配慮をする。捕食しすぎれば、相手が絶滅し、それは直接捕食側の絶滅をも余儀なくさせる。逆に、捕食が適切な量より少ないと、非捕食側の大人の密度が多すぎて、子が育たず、それも捕食者側にとっては危機的な徴候となる。そこには「生命維持の平衡」が崩壊しないようなシステムが構築されている。

 (そうした配慮さえ人間にはない)。

 ウサギのような一見無害にみえる動物をオーストラリアに持ち込んだため、広大な土地を荒廃させた歴史がある。同じような作用のほとんどは人間の干渉によるもの。

7.人間の生態は他のあらゆる生物の生態に比べ、何倍もの速さで変化する。その速度は技術の進歩によってさらに高められ、人間がその技術に頼る以上、地球上の生物共同体を根本的に変えてしまい、しばしば全面的に崩壊させてしまう。このことが判ったのは、アメリカの広大な土地で、800種以上の生物が開拓の余波を受け絶滅したことによる。

8.文明人は自分を取り巻いている自然、自分を養っている生きた自然を盲目的に、かつ野蛮に荒廃させ、自らを生態学的に崩壊させる惧(おそ)れがある。失敗に気づいたときは、もはや遅すぎる可能性がある。自然破壊は生活空間の荒廃であり、同時に人間自身の破滅に結果する可能性すら否定できない。

 (日本のように伐採した樹林遅滞には即座に植林する習慣があるけれども、植林に選ばれる樹木が最も短期間に大きくなり、もとでを返してくれる杉である。ために、日本中が過ぎだらけになって、杉花粉に事情者の撒き散らすガスが一緒くたになって人々を花粉症に追い込んでいる。人間の浅はかさ、人間の浅ましさ、人間のアホさ加減を表している)。

 人間の文明の発達には有益な調節をする力はまったく働いていない。人間は不幸にも、自分の種の外にある環境のあらゆる力を支配することを学んだが、自分自身については僅かにしか知らなかったために、種内淘汰の悪魔的な働きを見逃してきた。人間は最も有害で危険な捕食獣。

9.地球の人口過剰は今日怖れられるほどには進まないという根拠のない楽観的仮定を認めるにしても、人間同士の経済的競争は、それだだけでも人類を完全に滅ぼすのに充分。(作者は1972年前後に、すでに今日の大気汚染、地球温暖化、金融恐慌を予言している)。

10.快を求め、不快を避ける本能的衝動であまりに成功することは決してよいことではないことを、昔の賢人らは正しく気づいていた。不快がもたらすあらゆる刺激を避ければ、文化の衰退に通ずる虚弱化が惹起されることも理解していた。

 近代技術の発達、とりわけ、薬学の発達は不快を避ける傾向を促進した。我々は「安楽」に、どれほど依存しているか意識していない。人間はこうして不快に対する不寛容さを増し、生産者や企業が提供する「インスタントな喜び」を享受し、奇妙なことに消費者は商業主義の奴隷になっていることを自覚できずにいる。

11.文明人に進行している幼児化や青少年犯罪の増加が、もし遺伝的崩壊現象にもとづいているのなら、私たちは重大な危機にある。感性の衰弱も、自然環境の破壊も、すべてが一緒に働いて、善悪の判断力を近代人から奪っている。

12.物理化学は数学を含んでいて、測定できるものを測定し、測定できないものを測定できるようにする、最も偉大な科学だというのは、自然科学に対する中傷である。

 個性の喪失や情報の欠落を伴う人口過剰、自然からの疎外化、経済競争、感性の平坦化、これらのものは科学の人間性喪失の現象を反映している。

13.核兵器はつくる必要も、投下する必要もない、人類のつくった最悪の大罪。原始的な望みを単純にインスタントに実現しようという無責任で幼稚な衝動と無頓着。

14.一匹のアメーバでさえ太陽系より何百万倍も複雑。この世界に存在する最も複雑なシステム、それは人間という高等動物の社会的行動。

 以上、37年も以前に書かれた著作であることを考えると、著者が単に学識豊かな学者であるという以上に、当時の平均的な学者の見識、予測をはるかに上回る洞察力とともに、思索の深さを感じさせる。

 とくに、軍拡競争、環境破壊、人間の幼児化、長年にわって人類が積み上げてきた伝統の崩壊、青少年による犯罪の増加などを、人間が生得的に持つ病理的衝動の面から説明する論文に出遭ったのは初めてで、斬新なものを感ずる。

 難点は内容が難しすぎること。翻訳者を悩ませたことを前記したが、読者をも当惑させる。おそらく、本書を読む人は、同じ分野の学者か、専攻している学生であろう。


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