文明崩壊・上巻/ジャレド・ダイアモンド著

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「文明崩壊」上巻  ジャレド・ダイアモンド(Jared Mason Diamond/アメリカ人/1937年生)著
副題:滅亡と存続の命運を分けるもの
訳者:楡井浩一
草思社  2005年12月初版 単行本

 作者は生物学、生理学、進化生物学、生物地理学、鳥類学、人類生態学と広範囲にわたる分野を研究、現在はカリフォルニア大学地理学教授。アメリカ科学、芸術科学の各アカデミー、哲学協会会員。アメリカ国家科学賞、タイラー賞、コスモス国際賞、ピュリッツァー賞を受賞。

 本書は内容に繰り返しや、表現をわずかに換えたダブりが多く、それが要旨を散漫にし、インパクトを弱めている感があるが、これはアメリカの学者にほぼ共通した著作上の欠点といっていいかも知れない。多民族国家で育った人には、1を伝えるのに10の言葉を必要とする社会的背景があり、そうした状況が同じことを何度もリピートする癖、習慣を身につけさせたのではないかと推察する。

 とはいえ、本書から学んだことは少なくない。

 過去に起こった文明凋落の原因、理由について調査、模索したものを説明しつつ、現代文明へ警鐘を鳴らす形を採っているが、本書上巻が対象として扱うのは、北米の先住民だったアナサジ、中米のマヤ、東ポリネシアのイースター島、ピトケアン島、グリーンランドのノルウェー人の入植地で、これらを実例として検証、共通する要因を指摘する。

 なかでも、モアイ像で有名なイースター島文明の消滅についての解説と、ノルウェー人がグリーンランドに10世紀に入植し、400年ー500年間にわたり生存し続けた間には北米大陸のカナダ北部にまで足を延ばしていた事実があるにも拘わらず、唐突に地上から姿を消したこと、デンマークがノルウェーとスウェーデンを領有した時代があったことなどが、読後の記憶に強く残った。これらは私にとって初めての知識だったためだ。

 イースター島の森林伐採から始まった土地の荒廃、食料不足から始まった飢餓、突発的な人口の激減がカニバリズム(人肉食)へと堕していく様には息を呑む思いだった。

 グリーンランドについては、単純に「氷の島」というイメージでいたが、氷河があり、99%は黒と白に彩られた居住不可能地ではあるものの、南西部の海岸に存在するフィヨルドの奥には緑の樹林地帯もあって、人が住める状態だったことと併せ、別の区域にはエスキモーのイヌイット族が居住、ノルウェーからの移植者は死滅したが、イヌイットは現在まで生活を継続している事実には驚嘆した。

 ノルウェー人はヴァイキング(語源は古ノルド語のヴィーキンガーで襲撃者との意味)であり、白人である。彼らはイヌイット(モンゴロイドであろう)を蔑視、彼らの生活の仕方を見ながらも、真似ることは沽券にかかわるという矜持があり、そういう高慢が死を招いたのだと作者は指摘している。ノルウェー人が死滅した後、島はイヌイットの占有するところとなったが、その後デンマークの植民地となった。

 また、アイスランドはかつて10年、20年の間隔で大噴火を起こす火山が存在し、火山灰が国土を埋めていた時期があり、この島にもノルウェー人が移植していたが、1783年のラーキ火山の噴火時には総人口の5分の1が餓死したという。彼らはヒツジ飼育によるバターやチーズと、河川で獲れるタラ、サケ、イワナなどを主たる食料として生き続けた。

 1944年に、アイスランドはデンマーク(当時はデンマークがスカンジナヴィア全体を支配していた)から独立、1950年までには海産物が輸出品の60%を占め、人口の半分は首都であるレイキャビクに住んでいる。(このことは現在でも変化がない)。

 アイスランドはかつてヨーロッパで最も貧しく、最も生態系の荒廃した国であり続けたが、厳格な環境保護路線を採り、現在では世界有数の国民一人あたり所得を誇っている。母国がノルウェーだった頃は、距離的に近いこともあり、母国からの支援も得られたという点ではクリーブランドに入植した人々と異なり、生存の助けになった。

 下記は本論に関する要旨のほか、とくに力説されてjはいないものの、「なるほど」と思った箇所を列記しただけで、対象として扱われている各文明について詳しくは説明しない。

 1.中央アメリカのマヤ文明、南米のモチカ社会とティワナク社会、欧州のミュケナイ文明、ギリシャとミノス文明、アフリカのグレート・ジンバブエ、アジアのアンコールワット、インダス文明、太平洋のイースター島など、これらの文明崩壊は「生態系自死」と呼ばれるもので、核戦争や顕現性疾病を凌ぐ地球文明の崩壊を暗示する。

 2.崩壊の要因として考えられるのは:

 (1)森林伐採
 (2)植生破壊
 (3)土壌侵食、塩性化、地力劣化
 (4)水資源管理の杜撰、枯渇
 (5)鳥獣の乱獲
 (6)魚介類の乱獲
 (7)外来種による在来種の駆逐、圧迫
 (8)人口増大、一人あたりの環境侵害量の増加
 (9)(天然痘などの伝染病の持ちこみは植民地化した欧州人の責任であろう)

 3.現代はこれら八つの要因に加え、人為的に招来された気候変動、環境に蓄積された科学物質、エネルギー不足、地球の光合成能力の低下などの脅威の大部分が今後数十年のうちに地球規模で重算化されるものと予測される。

 4.古代文明人は自ら学ぶ機会がもてず崩壊、死滅したが、現代人は地球規模の衰退のリスクと向きあいつつ、過去の史実からも現代世界のどの社会の進展からも即座にリスクのあり様を学ぶことができる。

 (学んで、生活のあり方を変える意志さえあれば。下手をすれば、アメリカと中国によって地球人は戦争などしなくても滅ぼされるかも知れない)。

 5.紀元後に起こった顕著な地球変動の例としては:

 (1)1400年ー1800年ぐらいまでの小氷河期時代
 (2)1815年に発生したインドネシアのタンボラム大噴火に続く地球寒冷化。噴火によって大気の上層部に大量の塵が飛散、それが収まるまでのあいだ地表に届く太陽光線の量が減ったため、異常低温が続き、凶作が各地に発生、北米大陸や欧州にまで飢饉をもたらした。

 6.現代文明を代表する科学、建設、電化製品の各産業は金属なくしては成立し得ない。採掘は必須だが、鉱山周辺は有毒廃棄物、鉱業残留物の発生源となる。

 7.塩性化が文明崩壊の一因をなした例としてはチグリス・ユーフラテス川(イラク)に興ったメソポタミア文明が挙げられるが、同じ問題が現在インド、トルコ、オーストラリアにもある。

 8.哺乳類生物のもつ重篤な病気としては、鹿の慢性消耗性疾患だが、これは「ブリオン病」に等しく最も悪名高い人間のクロイツフェルト・ヤコブ病であり、鹿狩りをする猟師の何人かがこの病気で死亡している。家畜では、犬の「狂犬病」、牛の「狂牛病」、ヒツジの「海綿状脳症」(スクレイピー)などがある。

 9.古代社会ではグローバルなネットワークがなく、支援を求めたり、与えたりができなかったが、今日では逆に友好国や近隣諸国の脆弱化が直截的に自国に影響するというリスクを孕(はら)んでいるとの同時に、感染する病原菌を運んでしまうリスクも同居している。

 「下巻」についての書評は別の機会に譲る。


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