文明崩壊・下巻/ジャレド・ダイアモンド著

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「文明崩壊」下巻  ジャレド・ダイアモンド(Jared Mason Diamond/1937年生/アメリカ人)著
原題:Collapse・How Societies to Fail or Succeed
訳者:楡木浩一
草思社 単行本  2005年12月初版

 上巻を読んで疲労困憊したため、下巻にはなかなか手が出なかった。やはりというべきか、作者の癖というべきか、文章が執拗なだけでなく、繰り返し、ダブりが多発し、もう少し簡潔に書けないものかとぶつぶつ呟きつつ、最後まで読みきった。なお、上巻の書評は2007年11月13日

 作者は真面目だし、本書への取り組む姿勢も真摯だし、大きなタイトルのもとに書いているという意識がそうさせるのか、読者に必要以上の疲労を与える。以下は長くなるので、こうしたことに関心のない人には読むことをお奨めしない。ただ、今日まで知らなかった土地の歴史に触れることができたことは望外の悦びだったことは強調しておきたい。

1.ニューギニア

 ニューギニアは東半分がパプアニューギニアで、西半分がインドネシア領土のイリアン・ジャヤと、二分されているが、環境に対する姿勢が180度異なる。

 ニューギニア島には約4万6千年前から人が住み、海抜5千メートルの氷河を冠した山脈があり、険しい内陸部には山や谷が入り組み、鬱蒼とした森林地帯が他者の侵入を阻んでいる。先住民の住居地域は高地にあり、タロイモ、バナナ、ヤムイモ、サトウキビなどの栽培のほか、豚や鶏を飼育する農民だが、栽培法は先祖代々伝えられた彼ら独自の手法で品種化したものであり、7千年におよぶ営農の歴史をもつ。

 植民地化された後、欧州からの入植者の目には原住民の生活のありようは原始時代そのものに見えた。金属がなく、石、木、骨で代替し、萱葺きの屋根の小屋に住み、部族間の戦に明け暮れ、文字をもたず、衣類を身につけない。

 パプアニューギニアでは、熱帯で乾季と雨季に分かれる気候条件に合った灌漑、排水用の水路をつくっていて、地震があり、地すべりがあり、霜が頻繁に襲う地域で数千年にわたって試行錯誤を重ねてきたことが想像される。肥料も彼ら独自に工夫したもので、むろん化学肥料は使っていず、土地が急斜面であるため段々畑をつくり、土壌を保護する壁を建て、水路を横にではなく縦につくることで豪雨の降る季節に備えている。

 ただ、高地では木材への依存度が高く、樹林の伐採が行なわれ、これを補うため鉄木と呼ばれる松に似たマクマオウで育林し、作物菜園のところどころに植樹、根が斜面に食い込んで土壌の保持や侵食を防ぎ、落葉がおびただしいため土壌に窒素、炭素の両方を添加し、休耕中の地力を回復させている。

 近海に浮くロング島には活火山があり、かつて大噴火を起こし、栄養分となる大量の火山灰を落とした。

 パプアニューギニアには石油業者のシェブロンがクップ油田を経営しているが、その場までの道は舗装はせず、二台の車が漸く擦れ違える程度の幅で、環境に配慮していることは、その道で数々の動物や野鳥の姿を目にすることができることで察せられる。シェブロンもそうした国の環境保護の姿勢を尊重し、意向に沿って業務を行っている。

 一方、インドネシアが領有するイリアン・ジャヤでは100メートルほどの幅の道路が油田地帯に伸び、相当の伐採が行なわれたことを窺わせ、プルタミナという石油会社が請け負っていた。

(インドネシアでは、石油は基本的に軍が管轄し、収入の一部にしているが、過日地震と津波のあったスマトラ島のアチェ州にも油田があり、独立運動すらあって、政府としては神経質にならざるを得ない地域であるため、あの大惨事の折りですら、外国からのマスコミ報道関係者にはよけいなところに踏みこまれぬよう、監視者がついたはずだ。ただ、地震がもたらした唯一のメリットは軍にとって、この地の独立運動が下火に転化したことだろう。

 とはいえ、イリアン・ジャヤはインドネシアの最東端にあり、為政者にとっては収入源の一つという程度の見方しかされていず、現地人の男たちは未だにコテカでペニスを覆い、言葉も方言が色々あって、奥地の住民に会うためには通訳が二、三人は必要になるという僻地ではある。日本からは戦後何度か、遺族団が現地を訪れ、骨を拾っている)。

2.ニュージーランド

 1930年代にオランダとオーストラリアによる植民地支配が始まるまで、高地のいかなる場所でも政治的な統一はされていず、部族間での抗争が続いていたため、入植しやすかったという経緯があった。当時、原住民は食料に不足をきたさぬよう、人口増加の抑制策として、堕胎や避妊を行なっていた。

 ヨーロッパ人の流入により抗争は終息したが、その分、人口増が再び大きな問題となっている。

3.日本の江戸時代(16世紀ー19世紀)

 江戸時代の日本は80%近くが森林に覆われ、山岳、丘陵地帯からなり、農業は国土の5分の1に当たる平野で行なわれていた。300年前、日本の原始林の多くは切り拓かれ、再生林と植林に置き換えられて、ドイツのように厳しく管理されていた。

 当時の江戸は100万人が住み、世界的にも最大の人口都市だったが、しばしば火事に見舞われたため、木と紙と泥と竹で家を作る江戸人は火事のたびに再建のために大量の木材を必要としたが、幕府は周辺の森林伐採を許さず、当時は蝦夷(えぞ)と呼ばれていた北海道から材木を持ち込むことを指示。

 1657年、明暦の大火によって江戸の大半が焼失、9年後の1666年、幕府は森林伐採による侵食、河川の泥沼化、洪水の危険性を警告、人々に苗木の植え付けを促す布告を行なった。もっとも、良質の木材を大量に利用したのは将軍であり、大名自身ではあったが。こうした経験を踏みながら、宮崎安資が完成させた「農業全書」は観察と実験をベースとした手引書であり、科学的知識を体系的に発展させる効果をもった。

 (日本の問題はむしろ戦後の60年にあり、高速道路を含め、食料を輸入に頼ったため農地は廃棄され、そのうえ、使い捨て用の割り箸(ほとんどが中国性)がレストランだけでなくコンビニやスーパーにまで置かれる実情もあり、自国の森林を伐採しない代わりに、第三世界(発展途上国)が犠牲になっている現実を見逃すわけにはいかない。他国の森林を侵害しているという点では中国も同罪)。

4.西欧

 過去、2、3年のあいだに、欧州の先進国、フランス、ドイツ、スイス、デンマークなどでは、トップダウン方式で森林地域の安定と拡大を図っている。とくに、ドイツでは一時、酸性雨による森林の白化現象が拡大し、その事実に覚醒したドイツ人によって環境破壊問題には強い関心を抱く結果をもたらしている。

5.オーストラリア

 先住民、アボリジニは1788年に欧州人が移住してくるまで、狩猟採取生活を維持していた。

 同じ国内でも、大国ともなれば、地域による環境差が激しく存在する。オーストラリアのみならず、アメリカにも、ロシアにも、中国にも同じ状況がある。

 オーストラリア大陸は最も非生産的な土地であり、土壌は平均して最も栄養濃度が低く、植物の成長が遅く、生産力に乏しい。この国の土地は概して非常に古く、数十億年を経るうちに雨で土の栄養分が浸出してしまったからだ。肥沃な土壌を生み出す火山がこの大陸にはなく、一億年のあいだに僅かな地域でしか起こっていない。インドやヨーロッパで見られた土地の隆起も過去一億年ほとんど起こっていない。

 ために、初期移住農民は肥料を土壌に与えるという、よけいなコストがかかり、コスト負担は恒常的に負わねばならぬ宿命をもつ。

 オーストラリアは世界で三番目に大きな領海(排他的経済水域)をもつ国だが、海洋漁業の価値については世界で55位。土地のもつ栄養分が海にも川にも影響していることを示唆している。さらに、塩分が多く、湖は死海やユタ州のグレート・ソルト湖と同じ状態。

 さらに、この国では降雨が予測できないという悪条件がある。また、大陸が広い割りに、生産的な土地と定住者がいる土地が分散されているため、輸送にコストがかかるという不利がつきまとう。

 人口の58%がたった5つの都市に集中。1999年時点で、シドニー400万、メルボルン340万、ブリスベン100万、パース140万、アデレード110万。

 イギリスがオーストラリアに入植した主な動機は膨大な数の貧しい囚人を管理する煩わしさを軽減するとともに、勃発しかねない反乱を未然に防ぐ目的があった。ために、本国でなら死刑に値する罪を犯した囚人も、死刑に処す必要がなくなった。アメリカにも初めはそういう目的で入植させたが、独立戦争後はオーストラリアに集中的に送られたという歴史がある。

 1788年、第一次囚人移民船が囚人らを護衛する兵士から成る最初のヨーロッパ人入植をオーストラリアの地に運んだが、囚人輸送は1868年まで80年間継続された。以後は、ヨーロッパから一般人も入植に加わった。

 この地には4万年にわたってアボリジニたちが定住し、手ごわい環境問題に対し、持続性の高い見事な解決策を講じていたが、植民者は抵抗する現地人には容赦しなかった。

 イギリス人入植者たちはユーカリやアカシアなどイギリスで目にしたことのない樹木が気に入らず、自生種を伐採した。農地は政府所有で、農地開拓希望者には一定の利益を上げることが義務づけられた。政府は土地の価値をイギリスと同価値に想定したため、過大評価が土地の酷使を招来した。また、1970年まで「白豪主義」を維持、アジア諸国からの移民を禁じていた。本国との結びつきは強く、爵位までイギリスの皇室からもらって喜んでいた。

 現在では、貿易の相手国は日本をはじめ、韓国、中国、シンガポール、台湾、アメリカなどが主力となり、イギリスは第八位に転落している。

 オーストラリアは石炭では世界最大の埋蔵量を誇っており、ウラン、鉛、銀、亜鉛、チタン、タンタルでも世界最大の埋蔵量であり、アルミニウム、銅、ニッケル、ダイアモンドの埋蔵量でも世界の六傑に入っている。主な輸出先は日本、韓国、台湾。(青味の強いオパールもメキシコのオレンジ色のものと並んで主要な産地)。

 オーストラリアの面積はアメリカとほぼ同等だが、人口は約2,000万人(10分の1以下)と、比較にならないほど低い。入植を白人に限った時代があったことが原因の一つだが、その後ヴェトナム、フィリピン、香港、中国などにも門戸を開いたが、オーストラリアには克服しがたい環境上の理由があり、人口密度を増やすことには限界がある。それは、給水量と限られた食料生産の潜在能力。

 オーストラリアは過去に日本軍の爆撃を受けたことがあり、イギリス人が大量の現地人を殺した史実があるにも拘わらず、根強い「黄禍論」があり、恐怖となって、現在でも有力者の意見としては、東南アジアからの入植者を除いて、人口5千万人を達成すべきだとの主張がある。

 移植者は自生植物の一掃、ヒツジの過放牧、兎の持ち込みなどによって、自生する草が食われ、糞は甲虫類のふんころがしがカンガルーの糞以外は見向きもせず、放置されたため、土壌の栄養分が枯渇、土地は侵食され、人為的な旱魃もあり、政府の誤った指導で塩性化まで発生。土地の劣化の影響はグレートバリアリーフにも及んで、サンゴ礁にはすでに白化現象が見られる。自生種の植物を1820年から1980年まで、たった60年の間に一掃した例は世界にない。

 農業を行なうことを高評価するイギリス的な価値観のため、長期にわたって無駄な助成金を使いすぎ、その損失は農業以外の部門に負担させることになる。

 二酸化炭素の排出量は自動車やその他の輸送産業からの量を超えている。牛の放牧は大量の糞が土地にばらまかれることになり、メタンが二酸化炭素よりも多いという状況に陥っている。自生種ではなく、牛を一掃することが温室ガスの排出を減らす最も簡単な方法なのだが。

(現在では、外国の牛、馬、ヒツジの糞を求める「糞ころがし」を輸入、土地の疲弊を防いでいる。オーストラリア、ニュージーランド産の牛肉は安価ではあるが、美味でないことは日本人なら誰も知っている)。

6.アメリカ

 アメリカは現在最大の輸入国であり、同時に最大の輸出国でもある。

 空気の汚染が原因で死亡するアメリカ人は控えめに見積もって年間13万人。

 アメリカにとって最大の汚染源は鉱業、西部の河川の半数近くが上流の鉱毒で汚染されている。鉱業は石油と違って、ときに露天掘りを行い、地表に近い場所の鉱石を掻き出すため、金属その他の化学物質、廃液、沈殿物による水の汚染が始まる。とくに銅、カドミウム、鉛、水銀、亜鉛、砒素、アンチモン、セレにウムには毒性があり、近くの川や地下水面に流れこむと、大変な害を引き起こす。(日本のイタイイタイ病と同じ)

 アメリカは多くの鉱業会社が納税者に尻拭いをさせて倒産している。鉱業が石油に比べ利益率が低く、さらに利益が予測しがたく、浄化コストが高い。また、汚染が目につきにくく、かつ長期にわたる。資本力が経費吸収に見合うほど大きくなく、かつ労働の質も低い。鉱業会社に浄化費用の補償を義務づける考えはあっても、受け容れられる会社はない。

 地下資源の採掘が杜撰な業者への不買運動、反対運動は石油会社や石炭業者になら可能だが、貴金属製品、金、銀、チタン、宝石などの場合では、七、八段階の流通過程を経るため、ボイコット運動は事実上不可能だが、消費者はその代わりに、それらを販売するティファニーやデュポンに対し影響力を駆使し、商品がどのような経路をたどって店に並んだのか追求することは可能。

 アメリカ国内にも適切な医療を受けられない貧しい階層の人々が増えつつあり、その状況を変えるための「すべての国民に健康保険を」という提案はことごとく政治的判断で見送られてきた。

(ハリケーンがニューオーリンズを襲ったとき、逃げるように警告があったが、自動車すら所有していない人が多くいた事実は世界にテレビ放映された)。

 一方で、富裕層は塀で囲まれたゲートつきの共同住宅地に住み、ゲートには民間の専任警備員が常時監視し、治安を保証している。そういう階層の人たちは公共施設の建設に税を使うことには反対の立場をとる。

7.東アフリカ

 ケニアの人口増加率は世界でも一、二を争う。年率で4.1%の伸び率。アメリカ原産の作物、トウモロコシ、マメ、サツマイモ、キッサバ(タピオカ)を採りいれ、農業基盤が安定、拡大。人口の増加は複利法のように利息が利息を生む。その結果、幾何級数的に増加する。

 一方、対照的に食料収穫量の増加分は算数的に上乗せされていくだけで、飢饉やウィルス感染や戦争がない限り、人工的な手段でしか人口増は止められない。人間は食べることと飲むことをやめるわけにはいかない。いずれ、武力による食料の奪い合い、水の奪い合いが避けられない状況を呈する可能性があり、コストのいかんに拘わらず、自給自足体制を考慮すべきときがきている。

 (ケニアには、むかし、イギリス人が知恵を貸し、塩を撒くことで動物を呼び寄せる手法を教え、動物を見たい希望者にとってはケニアは世界一の観光資源をもつ国でもあり、観光収入は少なくない)。

8.ドミニカとハイチ(カリブ海のイスパニョーラ島を二分する国)

 西側のドミニカは緑の濃い風景が広がり、東側のハイチは不毛と化した茶色の風景。違法伐採が後を絶たない状況下、ドミニカは国土の28%を森林で占めているが、ハイチはたったの1%。ハイチはアフリカを除く世界で最も貧しい国である。

 ハイチの人口密度は1平方キロあたり1000人に迫る。コロンビアからアメリカ行きの麻薬を積んだ船はハイチで別の船に積み替えられ、「麻薬国」(ナルコステート)と呼ばれる。大多数の貧民は首都のホロルトープランスのスラム街に住み、訪れる人の目に「この国に将来がある」とは思わせない。

 ドミニカは1人あたり所得がハイチの5倍、人口増加は低く、密度も低い。名目上は民主主義で軍事クーデターもなく、外貨を稼ぎ出す産業は鉄とニッケルの採掘、ボーキサイトの採掘、コーヒー豆、カカオ豆、タバコ、葉巻、生花、アボガドを含む農産物の輸出。野球が盛んで、アメリカンメジャーリーガーに何人も選手を送ってきた。ホームランキングのサミー・ソーサはドミニカ人である。

 過去、スペインによる植民地支配、アメリカによる占領、アフリカ人とヨーロッパ人の混血からなる先祖。(ハイチはフランスの植民地だったが、フランスはアフリカから奴隷ばかりを送り込んだ)。19世紀に、ハイチがドミニカに武力侵入し、島全体を支配し、22年間にわたる併合があった。

 1492年、コロンブスが大西洋横断に成功し、イスパニョーラ島に到着したとき、島にはインディオたちが5千年前から定住、農耕を営んでいた。スペイン人の征服者集団はやがて鋼や金を掠奪、50万人いた人口が1519年には1万1千人にまで減ったが、これは指示に従わない者を殺し、あとは西欧人が持ち込んだ疫病(天然痘)で死に絶え、人口はさらに減って3千人となり、次の10年間に生き残った者は同化するか、死を選んだ。

 スペイン本国が衰え、他の地に去ったあと、フランスが島の西側(ハイチ)を支配、奴隷を送り込んで人口は70万人、スペインが抑えた東側は3万人、非奴隷人はフランス側が10%、スペイン側が85%。ハイチをフランスはサンドミンゴと名づけ、当時、この地からの富がフランスの富の4分の1を占めるに至った。

 1795年、スペインはこの島に価値はないと判断、東部をフランスに譲り渡したが、1791年と1801年に、奴隷の反乱が起こり、フランスは軍隊を派遣したものの大敗北を喫した。1803年、フランスはイスパニョーラ島を見限って放棄、移植していた白人は他島へ逃げる者もいたが、残った白人は皆殺しにされた。

 その後、19世紀を通し、東部のドミニカは移民を歓迎したため、キュラソーのユダヤ人、カナリア諸島の人々、レバノン人、パレスチナ人、キューバ人、プエルトリコ人、ドイツ人、オーストラリア人、イタリア人、日本人、スペイン人が加わった。

 ハイチは人間開発指数(寿命、教育、生活水準を複合的に計算した指数)ではアフリカを除いて最も低い。一方のドミニカはトルヒーヨの独裁体制が終わり、1966年にバラゲールが大統領になって以後、10年間の大統領時代を含め、後進に座を譲ったあとも31年間にわたり、影響を行使、政治を掌握し続けたが、死の2年前に国の自然保護制度を布告させ、以後、ドミニカは次第に緑濃い国となった。

 カリブ海の降雨はドミニカ側に降り、3千メートル級の山々に降った雨のほとんどはドミニカに流れ、広大な沃野をつくる。土壌が厚く、とくに北部は世界でも有数の肥沃な土地となっている。対照的に、ハイチは山地が多く、平野が少ないため、集約的な農業に適した面積はずっと小さく、土壌は痩せている。ハイチの僅かな中産階級はドミニカに移住した。

 ドミニカではダムがつくられ、電力開発したが、ハイチではプロパンガスに依存したものの、貧しい層はこれを入手できず、薪を必要とし、そのためにすでに荒廃した国土の僅かな樹木を伐り倒すことになるという悪循環に陥った。現在、ドミニカの全人口のうち12%がハイチ人で、いわゆる3K仕事に従事している。

9.中国

 中国の工業化には水の使い方など非効率的な面が目立つ。水のほとんどは地下水だから、地盤沈下を起こし、いずれは枯渇する。河川の水流停止は、黄河が1972年から1997年まで25年中、20年間停止した。降雨量の多い揚子江、珠江ですら、乾季には水流の停止が起こり、船舶交通に支障をきたしている。

 人口では世界一、地球上の総人口の5分の1、面積は世界第三位、植物種の多様性も第三位、鋼鉄、セメント、養殖魚介類、TV生産では世界第一位、石炭、肥料、タバコの生産率は消費量と並んで第一位。

 急速な工業化が生んだものは、大気汚染、生物多様性の喪失、農耕地の喪失、砂漠化、湿地の喪失、草地の劣化、河川流の停止、塩性化、土壌浸食、水の汚染、水の不足、沿岸一帯の赤潮の発生、酸性雨の全国的な拡がり、黄砂被害の拡大、ゴミの投棄(一般家庭、工場)、硫黄酸化物とフロンの放出、オゾン層の破壊物質を最も多く大気中に放出している。二酸化炭素の放出もすでに世界の12%、中国の大気汚染は近い将来、地球規模におよぶことは避けられない。

 中国が世界の先進国並みの消費率水準にまで達すれば、中国以外の国の消費率が変わらなくても、世界の総生産あるいは総消費は94%増加する。即ち、環境破壊はほぼ倍増する。

 中国の森林面積は全土の16%を占めるに過ぎない。2005年の時点で日本は74%だったが、2年後の2007年では67%に減少している。中国では1996年、1998年と二度にわたり大洪水が発生、被害は甚大。自然の草地が乾燥した北部を中心に広がり、国土の40%を覆っていて、この点ではオーストラリアに次いでいる。

 二酸化炭素の放出の面で、もし現在の傾向が上昇し、米国が一定を保ち、その他の国では下がるとしたら、中国は2050年には排出量で世界一になり、全世界の40%を占める。汚染物質を載せた塵、砂、土が中国の砂漠化した牧草地や休閑中の農地から東へと風に運ばれ、隣国の朝鮮半島、日本には甚大な被害がおよび、さらには太平洋上の島々、そして1週間もしないうちに北米大陸にも飛んでくる。

 問題はどの発展途上国も国民も、先進国並みのライフスタイルを、かつて日本がアメリカを追いかけたように、欲していることで、中国はそういう国々を代表する国であり、急速に工業化が進むだろう。

(環境被害は海外への影響が深刻化する前に、中国自体が自滅する可能性もある。著作権法やパテント権への侵害は世界から顰蹙を買い、化学肥料を多用した野菜も、鉛などを多分に含んだ玩具、雑貨も、輸出品としての信頼を損ない、ペットフードなどはカナダ、アメリカのペットを多数死に追いやった)。

10.まとめ

 起こり得る結果に気づきながら、生態系への被害をもたらしたのは我々自身。現時点における我々の無分別はハイチやイースター島で見たように、将来、驚愕することになることは見えている。

 環境破壊の歯止めに注力するうえでの隘路は

1)若い世代は古い世代が目にした緑多い樹林、冠雪した山々を見たことがない。

2)人間同士の見解の相違、人間同士の利害の衝突。(企業間競争を含め)

3)大多数の人々の出費(税金)で、少数の人々に利益を与える方策は民主主義国家に生まれやすい。

4)「他人の問題で自分の問題ではない」と、通用しない言句を吐く。

5)宗教上の価値観の相違。

6)投資してしまった多額の損失に目をつぶれない。

7)人口爆発。

8)汚染を除去する作業は汚染が生じないように努めるより、はるかに高いコストを必要とする。

 世界の原生林の半分以上がこの8千年のあいだに消失した。にも拘わらず、樹木製品の消費は加速度的に増大している。紙の消費は1950年の5倍に達している。

 企業の環境に対する振る舞いの変化に必須の要素は一般市民の姿勢の変化である。

 アメリカ、西欧、日本の住民は第三世界の住民の32倍の資源を消費し、32倍の廃棄物を生み出す。これに追いつきたいと願う第三世界の住民がみずから生活水準を上昇させてきていること、中国だけが先進国並みの水準に達したとしても、世界の環境破壊は現在の倍になる。韓国、マレーシア、シンガポール、香港、台湾、モーリシャスはすでに目標を達成しつつあり、中国、インド、ロシア、ブラジルも地力で経済力を増している。欧州連合、EUは東欧の10か国を組み入れ、経済的上昇努力への支援を約束している。アフリカではユニセフなどが生活水準のアップに協力している。確かなことは、地球の総資源はこうした第三世界のかかえる膨大な人口の生活水準を支えるだけの量はないということだ。

 世界はいずれ苦渋の選択を迫られる。過去50年間快適に生活してきた先進国が50年間導火線をつけた時限爆弾を抱えているのと同じである。どのように決着がつくのか?戦争?大量虐殺?飢餓死?疫病?社会崩壊?

 我々が抱えている問題はすべて現在の科学技術の意図せざる負の産物。20世紀の急速な進歩は古い問題を解決し、快適な生活を約束してくれたが、それを上回るスピードで新たな問題を創りだしてしまった。原因をつくった以上、これを制御するのも、発生源を断つよう解決に向かって踏み出すのを決めるのも私たちである。

 人口、富、資源消費、廃棄物生成が最大値に達するということは環境侵害も最大値に達し、侵害が資源を滅ぼす限界点に近づくということだから、社会の衰退は往々にして最盛期のすぐあとに始まるということは別に意外なことではない。世界が全体で繋がっているグローバル化のせいで、局地的な崩壊より全地球規模の崩壊の危険性が高い。

(人類の知恵こそが今問われている)。


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