輝ける闇/開高健著

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輝ける闇

「輝ける闇」 開高健著  新潮文庫
1968年単行本 1982年初文庫化

 本書は同じ著者の他の作品とはおよそ趣が異なる。

 ヴェトナム戦時に、現地に何度も足を運んだ経験を踏まえて書かれた作品で、必死な魂の叫び、よろめき、諦念、生への執心などが、いっぺんに押し寄せてくる。

 本来、著者が得意とする文章の組み立て、人をバカにしたような皮肉や諧謔からは遠く、むしろ著者の本質が表現されているような気がしてならない。

 言葉を換えれば、本書は他の作品と同じ著者の作品かと思うほど、尻がすわっていず、そこが本作品の異質性というべきか、面白いところというべきか。一つだけはっきり言えるのは、作者の脳裡にはヴェトナムにあって、14歳のときに終わった太平洋戦争の瓦礫が輻湊(ふくそう)、交錯していたのではないかとの想像にも達した。

 他作品と同じように感ずる部分は、女との濡れ場で、こればかりは、さすがの開高さんも大したヴァリエーションは持っていなかったようだ。もう一つは、好きな食べもののことが、ここでも頻発する。

 ヴェトナム戦争といえば、1965年前後のことで、作者は戦争をルポするために渡越し、後方にあって情報を得、適当に新聞社に送っていたとばかり思っていたが、それが全くの誤解で、生きるか死ぬかの戦場で、ほとんど泣きべそをかきながら、のたうちまわった経験を持つ人だということを初めて知った。

 解説者の文章のなかに、三島由紀夫にこの作品についての感想を聞いたら、「現地を想像して書いたのなら凄いが、現地に行って書いたとしたら、たいしたことはない」との回答があったと知り、私は一層、三島が嫌いになり、一層、開高健が好きになった。三島に「現場を見て書くのは容易」という考えがあったとしたら、「三島という男はちょっと変だし、頭がおかしい」という気持ちが抜きがたく残ってしまったからだ。

 三島が言いたかったのは「現場を見ながら書くのなら、誰にも出来る。現場を見ずに、想像力だけで書いたとしたら、それは評価に値する」ということだろうが、他国からの情報、人からのまた聞き、現地人からの情報などを総合して、想像で書くのは身を安全地帯に置いた仕事で、むしろ容易なことであり、命を懸けて現場に出かけて書いたからこそ、たいした男だと私は思う。

 三島はサムライ気取りの阿呆、昭和という時代に、自衛隊で演説して、腹を切って、盾の会の剣道の達人だったはずの男に首を落としてもらう約束だったのが、いざ本番で、首が落とせず、男は焦って、刀を何度もたたきつけ三島を苦しませたと聞いている。どちらもバカとしか思えない。

 確かに、現場を見ながらなら、その場面を誰にでも書けるのは本当だが、あたりまえのこととして、敵の砲弾に当たる危険が常時ついてまわる。現場を見ながら書くなどということは半端なことではできないし、決して安易な気持ちではとっかかれない仕事。なぜなら、銃弾を受けて死んでしなったら、それで人生は終わりなのだから。だからこそ、戦争のルポライターとしてどこまで踏み込むかは、現場に足をつけたライター本人が集めた情報をベースに考えるべことで、現場を知らぬ三島が「ああだ、こうだ」と抜かすのは鼻持ちならない。

 いずれの作家もこの世にはいない。しかし、私は官僚臭のする三島の文章よりも、人が真似のできない言葉のコンビネーションを見せてくれる開高健のほうがはるかに高く評価している。どちらにも我執、自己顕示欲、他人を小ばかにした言動が見られるが、二人ともに日本に生まれなかったとしても、誰も困らなかったという点では一致している。

 とはいえ、「ここでは、虚無が赤裸の晴朗に達しているのだ」というセンテンスはまるで理解不能。 作者の得意技のうちだが、癖が強すぎて、身を引きたくなる。

 本書に登場する人物、ヴェトナム人にインテリが多く、各自がそれぞれそれなりの思想を持ち、西欧のサルトル、モンテニュー、ヘーゲル、ウェーユ、ルトゥール、カミュなどの名が出てくることに驚いた。旧宗主国、フランスの影響であろうか。

 ただ、私もホー・チー・ミン(旧サイゴン)を訪問しているし、ニャチャンという中部海岸沿いのビーチ(植民地時代にフランス人がつくったといわれる)にも訪れたが、戦前のヴェトナムと現在のヴェトナムとの相違が明瞭に理解され、その意味では勉強になった。

 また、ホー・チー・ミンの博物館にアメリカの残虐ぶりを示すために、赤子の肢体をホルマリン漬けにした大瓶が置かれているが、戦争と名のつく時代は常にだれもが残虐であり、アメリカが支援した南軍にも中国が支援した北軍(ヴェトコン)にも、残忍で残虐な痕跡は幾らもある。

 むかし、日本軍が中国人に対して行なったのも残虐だが、中国軍がチベット人やウィグル族に対して行なっているのも残忍である。


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