科学史から消された女性たち/大江秀房著

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「科学史から消された女性たち」 大江秀房著
講談社ブルーバックス刊  2005年12月初版

 地球が自転しながら太陽の周囲を公転している事実を知ってはいるが、そのことを深く思ったり、そのことに感動したりはしない。まして、太陽系が天の川銀河の一隅に存在し、全体が回転していることなど知りもしないし、銀河が千億の単位で宇宙に存在し、その宇宙が膨張し続けていることになどまるで関心を示さない。

 いわんや、太陽がいずれは巨大な膨張の末、爆発すること、爆発以前に地球は燃え尽きてしまうことなど、遠い遠い先のこととはいえ、日常生活に無関係なことには一切無関心。

 サッカーワールドカップで日本の相手国の一つになるクロアチアが欧州で勝ち続けたことは知ってはいても、クロアチアが欧州のどこに在り、(現実は、旧ユーゴスラビアの一独立国で、対岸にアドリア海をはさんでイタリア半島が見える位置に存在する)、首都がザグレブであることなどは知ろうともしない。

 そういうキャラ、つまり「科学する心」に無縁で、「地理的な位置」などにはきわめて「疎い」こと、「天文学」や「物理」などには見向きもしないのが女性の特徴だと、周囲の女性たちを見ながら、思っていたし、疑いもしなかった。

 本書はそれが私の固定観念であり、誤解であることを教示してくれた。

 具体的にいえば、ノーベル賞に値する実績をあげた女性研究者、女性科学者が何人も歴史のなかに存在したことを、しかも女性蔑視と男尊女卑の社会のなかで消されてしまったことを、本書によって初めて知った。また、研究者はいずれも名の売れたトップリーダー(教授、学者、研究者)などの下に入って、雑用をこなす下請け的な仕事に甘んじたという実態もある。

 ノーベル賞がもらえなかったばかりか、研究成果が男たちに横取りされた事実が何件もあったことなど知るよしもなかった。なかには、アインシュタインが相対性理論を思いつくきっかけを与えた「定理」を提案した女性学者もいた。さすがに、アインシュタインはその事実をはっきり認めている。

 それら歴史から消されてしまった女性研究者のたどった過程、研究内容、横取りされた経緯、消された事実など、本書は数学、物理、化学に通暁した著者が適切な言葉と表現で解説してくれる。

 ただ、本書に登場する女性に共通するのは育った環境が学術的な雰囲気に満ちていたこと、でなければ天賦の才能の所有者だったこと、ユダヤ人の血をもつ人が多かったこと, そして、なぜか若死にが多かったことを指摘しておきたい。むろん、八十、九十まで生きた人もいるにはいたけれども。

 女性には、実験などに適切な集中力、継続する力と根気、緻密さと丁寧さ、執拗さ、などなどが備わっており、実験による成果には男性を凌ぐものがあることも本書によって理解することができた。

 ここで披露されたフィールド以外でも、偉大な業績を遺しながら、歴史から抹殺されてしまった女性はいくらもいるに違いない。19世紀全般まで、女性が大学に進学することを快く思わなかった識者が社会の大勢を占めていた事実も、背景として理解しておかないと、「なぜ?」「なぜ?」という疑問符を投げかけるだけで終わってしまう。しかし、そうした偏見のなかで、家庭人としても、母親としても、学者としても、偏ることなく後世に名を残し、後世の学者に多くのヒントを与えた女性学者もいた。そのことを、われわれは忘れてはならない。

 つい戦前、戦後ですら、わが国でも、娘を持つ両親は娘を大学まで進学させようなどとは、これっぽっちも考えていず、女は稽古事に注力すべきだと言っていたものだ。娘が文学書を読むことさえ快しとはしなかった。

 ただ、ノーベル賞というものが過去、誰の人選で、どのような過程を踏んで行われたのか、そのあたりへの疑問が新たに胸にあふれてくるのをとどめようもなく感じた。 いわば、「ノーベル賞」というものの価値と基準、選択方法の明文化であり、事前の調査についても、率直な経緯を知りたいものだ。

 本書は歴史のなかに埋没した優れた女性研究家を発掘し、蘇らせたという点、すばらしい一書である。ぜひ、一読をお奨めする。

 実は、本書は他の書籍から色々拝借してきて、そのエキスをまとめたものであることが後日になって判明、出版社である講談社は改修、絶版としたという報告をトラックバックで知った。しかし、私が本書をなじみの書店に注文して取り寄せたもらったところ、すんなり入手できたということは、絶版にも回収にもなっていないことを暗示するものではなないか。

 また、トラックバックによる情報が真実であったにせよ、本書の内容が虚偽であるということではなく、本書そのものの価値をある意味で損なったにしても、私が個人的に受け取った知識はそのまま生かしたい。本書は本書なりに完結していると思えば、奇異も、不快感もないからだ。ただ、著作権侵害の問題が多発する昨今、あえて違法行為を行うことは人道的にも、常識的にも許されていいことではない。


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