偏狂者の系譜/松本清張著

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偏狂者の系譜

「偏狂者の系譜」 松本清張(1909-1970)
角川文庫 2007年3月文庫化初版

 本書は過去に文藝春秋、週刊文集などに掲載された短編をまとめた作品で、「笛壷」「皿倉谷説」「粗い鋼版」「降行水行」の四編が所収され、いずれも学者の悲劇を描いている。今日でいう「偏狂者」というイメージはなく、むしろ「偏執者」「凝り性」といった印象。

 「笛壷」では、知っていて個々には使ったことがあるが、このようには使ったことのない文章があり、清張の文章づくりへの姿勢が匂ってきた。たとえば、「蒼茫たる幽昏を澱ませ」「亭々と伸びた杉木立」「茫乎として涯てのない」「裸梢が毛細管のように空に網目をつける」など。

 最も面白かったのは「皿倉谷説」で、「笛壷」と同様、妻と別れて若い女と同棲しながら、その女をも嫌悪する学者が、ある田舎の若い医師の「聴覚が脳のどの部分で分別され、どこに繋がっているのかを説明した論文に関心を示すが、肝心の実験は法的に許された動物実験で、論文には猿を50匹使って調べた過程が述べられているが、これまで聴覚からの音声を聞き取り判断したのは大脳だという通説に対し、医師は側頭葉だと断言してはばからない。主人公の学者は色々な学者から意見を聞くが、最終的に、「論文にある猿による実験」とは嘘で、実際には「人間の脳で調べた戦中の大陸での実験」によるものではないかと推察する。

 ただ、この国の為政者は、動物実験までは認可するが、臨床実験にはきわめて消極的なため、優秀な技術者がその腕を奮えない、実際の医療に生かせないという隘路があることは、アメリカ社会との大きな相違が世界一の技術を削いでしまっている感が強い。

 「粗い鋼版」は昭和初期、戦前の心霊宗教と右翼団体が連携して、いつ反乱を起こすか知れない状況を予測、警察側はスパイを送り込んで内実を調査する話。

 「降行水行」は魏志倭人伝の話。現在でも大和説と九州説とが並存し、古代史は謎に包まれているため、専門の学者のみならず、郷土史家や素人が関心をもつ例が多く、そのあたりに偏執する男を中心に紡がれた一種のミステリー。

 解説によれば、清張には、自身が貧しい家庭で育ったため、上級学校に行けなかったことから強い学歴コンプレックスが根底にあり、にも拘わらず、独学に励み、本を漁るように読み、相当に高等かつ多様な知識を得た人間だったため、「学究肌ながら運に恵まれず、社会的にも学界からも評価されずに終わっていく学者の悲劇を描いた作品が少なくなく、本書もそうした一連の作品の一つである」と説明しているが、そのあたりを読みながら、私は自分のすでに亡くなった義父を思い出した。義父にも学歴コンプレックスがあり、某業界紙の社長をしていたが、業界紙に書く文章は巧みであり、独特の知性も匂い、傍ら英語、ドイツ語を勉強していた。学歴のない人がもちがちな、いわば「後家の頑張り」に似た必要以上の顕示欲が賢い人ほど強い。


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