魂の森を行け/一志治夫著

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「魂の森を行け」 一志治夫(1956年生/ノンフィクション作家)著
副題:3000万本の木を植えた男
2004年、集英社インターナショナルより単行本
2006年11月1日 新潮社より単行本初版  ¥438+税

 むかし、深田祐介の著作に「炎熱商人」というのがあった。舞台はフィリピンのミンダナオ島、南部は台風が来襲しない土地で、そのためラワンが真っ直ぐ伸び、北部のラワンに比べて質が良い。商社(どこの商社かは明記されていなかった)はこれを伐採、安値に買い叩いて日本に送るという悪業がテーマだったと記憶する。

 以後、「森林破壊は日本商社によるものだ」と世界中からバッシングを受け、三菱商事が率先して「地球環境室」を社内に設置、原生林の再生プロジェクトを立ち上げた。本書の主人公はこの活動にも協力している。

 とはいえ、つい最近、インドネシアのジャワ島南部で起こった地震と津波では、どの家屋もブロックを積み上げたもので、震動に対しては脆弱(ぜいじゃく)。「どうして材木を使わないのか?」というインタビュアーの質問に、現地人は「材木は日本の商社と中国人が高く買っていってしまうので、自分らの手には入らない」と答えている。

 「日本商社はいまなお炎熱商人をやっているのだ」という認識は、それを裏付けるかのように、この国、日本ではどのコンビニでも、頼んでもいないのに弁当さえ買えば自動的に割り箸をくれる。

 そのうえ、マスメディアが伝える世界各地での砂漠化、豪雨と旱魃という本来の季節感を度外視したような極端な雨量差、冬になっても降雪のなくなってしまったニューヨーク、焼畑が延々と続くニューギニアやアマゾン流域、こうした実態と、それを等閑視する人間という図式は、土壇場まで行かなければ、認識が行動を喚起することはないのだろうとの諦念を生む。

 そういう心理が定着しつつあるとき、本書に出遭った。

 この作家は「人物ノンフィクション」を身上とするが、本書では宮脇昭(1928年生/横浜国立大学名誉教授/国際生態学センター所長/2006年環境問題への貢献が認められてブループラネット賞に輝く)という強烈な個性をもつ植物生態学者を俎上に載せた。

 文章としては、あっちに飛び、こっちに飛びという印象と、木の種類を克明に記しているために一般的な樹木しか知らない読み手としては親近感をもてない気分とが錯綜して、多くの人に読んでもらうべき内容であるだけに、もったいない書き方をしているなというのが正直な感想。

 ただ、「日本にもこういう男がいる」という安堵が読み手の心に響くことは間違いない。

 学生時代には雑草に興味をもち、卒業論文は「雑草生態学」、これをドイツの権威に送ったことで、留学を薦められ、卒業後ドイツに2年間留学、現場踏査の重要性を認識させられ、そこで初めて「潜在植生」という言葉を知る。ドイツでは一時、酸性雨の被害で森が白骨化し枯死した経験があるが、「植物生態学の本場はドイツ」と言われていた時代、宮脇が耳にした言葉は新鮮に響いた。

 「潜在自然植生」という概念を構築したのがドイツの学者、ラインホルト・チュクセン教授で、山脇が師事した権威。

 (ドイツは森深い国土であり、そういう土地で生まれたドイツ人のなかに植物生態学の権威が存在することに不思議はない。また、ドイツ人の生活に動物をハンティングすることに違和感がなく、日本人とマタギの関係よりはるかに密接)。

 地球のナチュラルともいうべき「原生林」は人間の生活によって変容され、破壊もされて、「現存植生」が存在する。現在どのような樹木が繁茂しているかではなく、該当のエリアが元々歓迎していた植生は何かを探り出すことで、どのエリアであれ本物の森林をつくろうとする限り、その手法以外には土地を樹木で覆うことは不可能。しかし、探り出すことができさえすれば、自然災害である台風にも火災にも地震にも強いことを悟った。

 たとえば、日本人の好きな竹も梅も松ももともとは中国から移植された植物で、在来種ではない。江戸時代に北斎や広重によって描かれた浮世絵にすら、本来の在来種である樫(かし)、スダジイ、タブなどの樹影はなく、クロマツ、アカマツばかりが絵の構成要素に取り入れられている。つまり、江戸時代にはすでに日本人は在来種を棄て、松に植え替えていたことを暗示しているという。むろん、「羽衣」で有名な「三保の松原」も例外ではない。

 「松はとりわけその姿と異なり、扱いにくい樹木の代表。日本人は松の風情がことさら好きらしく、伊勢神宮にまで植えられていたが、伊勢湾台風を待つまでもなく、マツクイムシにやれてしまった」

 昔ながらの樹林は、いずれも日本人が知ってか知らずにか、樹林の新しい生活域をつくっても、必ず守ってきたもので、そこには防音機能、集塵機能、空気清浄機能、水質浄化機能、保水機能、カーボン吸収能力をもった本来の森が存在した。山脇の目的、狙いは、そのような森の復活を全国ベースで、ときには海外をベースにしつつトライすることだった。

 宮脇は、帰国後に「潜在自然植生」という言葉を日本人の植物生態学者に認識させることに難渋したという。

 当時、官庁はもとより企業も、植物生態学などに関心をもつ機関はなく、すべて自費で全国を回り、サンプルを採集し、植物分布、立地条件との関わり合い、海抜、気候、温度、周辺の土地の状況、各植物の被度、群度を考察し、区分把握をしていくという、途方もない時間を必要とする「土地によって異なる植生」の調査に邁進した。換言すれば、山脇はあくまで現場主義を貫いた。

 そうした時期、富士スバルラインが5合目まで建設されたあと、道路周辺の樹木が悉く枯れはじめ、山脇が調査を依頼された。山脇は現地調査後に該当する土地の自然植生を突き止め、処方箋をつくり、それにベースした手当てによって森林破壊の進行を食い止めることに成功した。

 宮脇は1970年というからすでに37年前のことになるが、次のような今なおそのまま微動もしない言句を吐いている。

 「人間は自然界の一員であり、生物集団の機能的、社会的な、動的均衡関係の枠内でしか生きていけない。そういう冷厳な現実を今一度率直に認識しなければいけない。周辺環境を開発し、生活環境を改変し、共存者たちの棲家を奪ったとき、奪った生物もまた滅びるという、生物社会の秩序、掟、ルールを理解しよう。我々はすでにあまりにも他の生物集団の構成者、共存者(動物、植物、魚類、サンゴ礁、昆虫、野鳥、微生物、黴、菌類を含め)の生活の場を開発という文明の名のもとに破壊しすぎ、抹殺しすぎている。いま、われわれは人間らしい智恵が求められている」と。

 宮脇の言葉に反応した最初の企業は新日鉄で、日本各地に点在する工場周辺に樹木を植えることを企画、宮脇に協力を依頼したが、三菱商事も、本多技研も、あとに続いたし、ときの建設省も、土木建設企業も、林野庁も、ダム建設の管理局も宮脇の助言に耳を傾けはじめた。

 1978年、文部省から依頼されたのは「日本植生誌」全10巻、本文トータル6千ページ、総重量35キロ、一年に1巻ずつ刊行し、10年をかけて完成させようとの壮大なプロジェクトだった。このプロジェクトには、宮脇を中心に116名の植物生態学者が参加、協力し、チームごとに全国各地の調査を行った。

 ドイツ人留学生が来日したとき、宮脇は求めに応じ、知己の造園業者にこの青年を1年間預けた。帰国時、宮脇を訪れた青年は苦言を呈した。曰く、「日本の造園業者は利益追求に走りすぎる。剪定したあと、葉も枝も木も、すべて会社に持ち帰って燃やしてしまう。剪定されたものはすべて土に戻し混ぜてやれば樹木の養分になるというだけでなく、有機物を燃やせば二酸化炭素を大気中に放出することにもなる。新しい顧客が造園を依頼してくると、わざわざ堆肥を買ってきて利を乗せて売る。造園主は二重に損失をこうむるではないか。こういう非合理的な習慣は是非やめさせて欲しい」と。

 青年が帰国してすでに長くなるが、事態が改善しているようには見えない。

 宮脇が黄砂問題で北京市長に招かれたのは1990年代で、中国全土の28%が砂漠で、森林率はたったの17%だった。(日本は67%)。中国の砂漠化はすでに深刻で切迫した問題だった。不思議なことだが、過去に文明の起こった地域、エジプト、メソポタニア、中国などに砂漠化現象がひどい。

 宮脇は「地球の砂漠や荒地の3分の2は人間によってつくられたものだ」と言う。

 宮脇は万里の長城沿いに、日本人ボランティア1400人(自費による参加)と中国側1200人の合計2600人を集め、予め調査してあった潜在植生の苗を一斉に植えさせると、わずか一時間で4万5千本の苗を植えることができ、この後も植樹は継続し、結局40万本近い幼木を植えることに成功。

 また、上海でもエコロジー緑化が始まっている。

 (それにしては、2008年は東京までだった黄砂が、2009年には千葉にまで舞ってきた)。

 宮脇は国内はもとより、海外にも頻繁に訪れている。中国をはじめ、ボルネオのインドネシア領、マレーシア領、南アメリカ、モンゴル、アマゾンなど。

 1995年、ボルネオで調査中に阪神大震災が発生、宮脇ら一行は急遽帰国し、ヘリコプターで被災地区を上空から視察した。目的は、かれらが関係した樹林、鎮守の森などに影響が出ているか否かだった。台風にも火災にも地震にも強いと断言した以上、責任があり、宮脇にとっては万が一のことがあれば、「腹を切る」ほどの覚悟だった。克明に観察したが、過去にかかわった緑地の樹林はいずれも防火の役目を果たし、類焼を防ぎ、かつ地震の揺れで倒れた樹木は一本もなかった。

 1997年、アメリカのハーバード大学の要請で講義に出かけたところ、講義後の打ち上げパーティで一人のアメリカ人が接触してくるなり、「最近の日本にはやや失望していて憂鬱だったのだが、先生の講義を拝聴して、再び希望がもてました。宮脇先生のノウハウを日本から世界に発信していけば、日本は再びナンバーワンになると信じています」と言った。この人物こそは、「Japan as number one」を書いた著者だった。

 鎮守の森は、「Chinjuno・Mori」と、そのまま外国語になっている。鎮守の森は高木、亜高木、中低木、低木、下草がセットになっているだけでなく、それぞれの割合も、むろん土地によるが、異なり、たとえ幅が4メートル以内でも、騒音や排気ガスの吸収に効果がある。

 「健全に子孫に残せる、そういう環境が是非とも必要だ。自然に対しての畏敬の念が忘れられたら、我々の母体である地球は非常に危険な状態に陥る。世界はいま、人口問題、温暖化、砂漠化、水資源問題、食糧難、大気汚染、新種ウィルスの出現、森林の減少など、人間を取り巻く悪の連鎖は年々増加し、膨張し続けている」。

 「大気汚染の元凶である石油、ガス、石炭を使うことに何らの罪悪感も持たず、経済と環境の両立を大義名分に「シャロー・エコロジー」(浅薄なエコロジー)のやり方でお茶を濁す国もあるし、人もいる。場当たり的な対処療法に依存した手法を科学的な技術の成果といった捉え方をしていたら、地球上の生物の終焉は遠くない将来に必ずやってくる」

 宮脇は上記のようなことを言いながら、一方で、「人間は結局のところ、究極まで、土壇場まで、突き進んでいかないと気がすまない生物なのかも知れない」とも嘆息する。

 (私は昔からそう思っている。中国の砂漠化は現在も年々進んでいるし、石炭、石油の使用量を減らそうとの意思も感じられないし、石油を探索することにも熱心。国内総生産が上昇し、経済の伸び率が右肩上がりになることだけにしか関心を払っていず、このままいけば世界は中国ともども遠くない将来、自らが破壊した自然から強烈なしっぺ返しを受けるだろう)。

 宮脇という学者は結婚もしているし、子供がまだ幼児の頃、ドイツに留学したが、妻と子供は妻の実家に預けっぱなしで、2年以上が経過しても、なんの連絡もない。もう帰国しているのかどうかと、妻が東京の親元に電話すると弟が出て「兄さん1週間前に帰国してますよ」という言葉に茫然たる気持ちになる。妻もこれまで面倒をかけた両親に対し言葉がない。忙しいらしいことは解るが、それだったら、せめて弟さんにでも帰国を知らせておくように指示できなかったのかと、家庭を顧みない夫を恨んだという。

 破格ともいうべき仕事を成就させるためには尋常でない集中力が必要であることは解るけれども、宮脇の集中力は狂気に近い。妻も子供も、ただ研究に没頭しているだけの夫の姿に段々に慣れてしまい、人の役に立つ仕事をしてくれさえすればという気に今はなっているらしい。

 家庭的な男が世に大をなすことがないわけではないが、宮脇が専門とした植物生態学という学問が現場を踏むことでしか事実認識のできないフィールドであるため、熱心であればあるほど、常時飛び歩いているという結果がもたらされ、結果的に家庭的ではあり得なかったのだと推察する。

 宮脇によれば「日本には元々の植生が生きている地域が少なくない」そうだが、ここ10年、20年のあいだに急速に花粉症に悩む日本人を増やしている現実をどう説明するのか。元々の植生が生きていた樹林を伐採したあとの植林に、早く成長する杉ばかりを利用した「姑息」がもたらした病気としか思えない。

 宮脇はすでに国内外、1,200箇所で3,000万本の木を植えた。そのなかには中国の万里の長城沿いもモンゴルもブラジルもインドネシアもマレーシアも含まれている。中国は、過去50年間、森林の減少が止まらず、砂漠化が継続している。全土の28%が砂漠に覆われ、森林率は17%と深刻。一方、日本の森林率は67%という。それでなくとも黄砂が年々ひどくなって、偏西風に乗った飛距離も伸び、韓国もわが国も迷惑している。

 植物は二酸化炭素を吸収してくれるだけでなく、防災環境保全林としても役立つ。防火はもとより、地震にも台風にも強く、土砂崩れを防ぎ、斜面の保全効果にも土壌の質の維持にも繋がる。

 「地球規模で温暖化を抑制しなくては、本物のエコロジカルな行動とはなり得ない」こうした言葉を口にし、70歳を越えてなお世界を股にかけて歩いている男が日本にいることは、われわれに未来への希望をもたせてくれる貴重な存在だ。

 「在来種を発見することは、その土地が在来種の育成との均衡を保てることを示し、同時に、いったん成長すれば、人間が管理する必要すらない。造園業者からは怨嗟の声が聞こえてきそうだが、日本では業者による剪定が盛んに行われ、落ち葉や剪定した枝葉をまとめて廃棄する実態にドイツから来た青年が驚愕した事実からは、剪定の要、不要とは別に、商売目的で剪定が行われているこの国の実態を告げている。落ち葉の下には1万匹以上の分解者であるササラダ二がいるし、トビムシ、ダンゴムシ、ミミズ、カビ、菌類などは何十万といて、土を生かしている」

 過去に読んだ本に「樹木はみずからそれなりに形を整えて伸びていく。人間が干渉する必要はない」とあったのを思い出した。

 「生物が生き、健全に子孫を残せる、そういう状態のなかで初めて科学も技術も産業も、あるいはIT社会も必要。ところが、いつのまにか、最も基本的な地球の生物態系のことが忘れられ、いまや自然に対する畏敬の念をも忘れている。究極までたどり着かないと、納得できないとすれば、それは遅すぎた悔恨となるだろう」

 内容をもう少し簡潔に、素人にも読みやすくしたら、本書はもっと読まれるだろうし、読まれるべきだと思う。


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