火垂るの墓/野坂昭如著

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「火垂るの墓」 野坂昭如著  新潮文庫

 本書を書店で取り寄せて入手するまで時間がかかり、それだけに愉しみにして読んだ。

 相変わらず20行、30行という長ったらしいセンテンス、そのうえ句読点もほとんどなし、さらにはときに蚤がジャンプするような書き方をするから、こちらの悪い頭がしばしば難渋、頭が割れそうな痛みに襲われ、それでいながら途中でギヴアップすることもできず、最後まで読みきってしまったのは、「作者の手のこんだ賑やかな文体、装飾の多い文体ながら裸の現実に目をそむけず、むごたらしく、いやらしいものをそのまま直視する姿勢」にあるという直木賞選後の大仏次郎氏の言葉の通りである。

 また、海音寺潮五郎氏の「不思議な才能、大阪方言の長所を利用して饒舌、縦横無尽ながら、無駄なおしゃべりが少ない」も当を得た評価。

 読了後に「まいった」という言葉が私の口から思わずほとばしったが、作者に思う存分翻弄された意識が胸底にあったためで、正直いって「小憎らしい野郎だ」と思った。

 内容は兄と幼い妹とが互いに援けあって戦災をかいくぐって生きる様子だが、妹は栄養失調で先に死に、兄も不良児の一人として三宮駅構内で死ぬのだが、兄がたった一つもっていた缶から妹の焼けた白い骨がぽろっと落ちるところが終焉の図で、当時を多少でも知っている人間にとってはすさまじいまでの地獄図を想像させるほかに、人間の本質に触れた感情が残り、受賞作となった謂(いわ)れはよく理解できた。

 同じ書に収められている「アメリカひじき」は内容的にはほとんど記憶に残らないものの、本人が「焼跡闇市逃亡派」といっているように、戦後間のないころの日本の実情が、さらには当時の人間のアメリカコンプレックスが、揺れ動く様子が哀しくもあり滑稽でもあり、記録としてはそれなりの意味をもっている。 いうまでもないが、白人コンプレックスはいまもなお日本人に抜きがたくある。

 外交の場面でも、白人に対するのと、東南アジア人に対するのと、日本の政治家の態度、目つき、姿勢、いずれも異なったものを見せる。この傾向はなにも政治家に限らない。

 「死児を育てる」は前作と同じ背景だが、恐るべき人間心理が達者に描かれている。

 「生きたまま、暗闇のなかで、ネズミをくわえて食ってしまう」という場面は凄絶という以外にない。

(尤も、北朝鮮の収容所ではそのくらいのことは日常茶飯事だと仄聞する)。

 文体は一作ごとに句読点も増え、読みやすくなっているが、内容的には「火垂るの墓」には遠くおよばない。ただ「ケツの穴が自分で見えるようになったら死んでるねん」という牢名主(?)の言葉は、栄養失調のなれの果て、終焉の段階を意味するのであろう。

 どの書にも共通するのが、蚤(のみ)、虱(しらみ)、南京虫、蛆(うじ)であり、「プアーボーイ」などではどこかが爆弾でやられたとか火事にあったとか風聞すると、それが即「盗み」と「食にありつける」というアイデアにつながり、応仁の乱を彷彿させる餓鬼を想起させ、読み継ぐ気力を萎えさせる。

 とはいえ、家財道具を集めて転居を余儀なくされると、到着までには三分の一が失せているという有様は当時しばしばあった事実であろう。人間が極貧に喘ぐと、さながら餓鬼に変貌することを物語っていて、芥川龍之介の「羅生門」を思い出させる。とはいえ、貧にもメリットがある。貧者同士は必ず助け合うということだ。また、失せる比率が三分の一という程度なら、世界のレベルよりずっと低い。

 戦後、進駐してきたアメリカ兵が日本人一人一人にDDTという白い粉を髪や体にかけて、しらみをとってくれたり、沖縄の西表島の川からマラリアを運ぶ蚊を全滅させたのは、自信をもっていうが、アメリカ軍だったからで、ロシア軍だったらやらなかったに違いない。いや、少なくとも、北海道はロシアに奪われていただろう。

 「鬼畜米英」「一億玉砕」「全国が焦土と化そうとも」という時代から唐突に「民主主義」「平和憲法」が現れ、「その氾濫、混沌のなかで野坂の時代は戸惑い、生き恥をさらす、虚妄に発し虚妄に回帰するような」そうした虚しさがまがまがしくこの世代を覆っていた、そういう時代を必死に生きた一人が、野坂昭如だった。

 骨太の、厚かましいというより、キャラのどこかに奇矯と愛らしさを秘めたこの作者に、賛美を贈る。「変な人だ」という印象と同時に「奇才」であるという印象も強くある。 

 正直もうこの人の本は読みたくないという気持ちと、「エロ事師たち」だけはなんとしてもという気持ちが交錯している。これがなかなか手に入らない。


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