破獄/吉村昭著

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破獄

「破獄」 吉村昭著  新潮文庫

 江戸時代には「牢屋」とも「牢獄」とも呼ばれ、明治には「囚徒外役所」とも「監獄」とも呼ばれていたものが、大正以降「刑務所」と呼称されるようになった歴史的変遷。

 太平洋戦争時に必然となった囚人の移送と、各地方(ことに北海道、東北)の受け入れ態勢、そうした舞台を背景としつつ囚人らがどう扱われたかを描きながら、稀代の脱獄名人を、破獄方法の具体的手段とあわせ、その心理を暴いていく手練は、淡々とした、テンポのよい筆力に裏打ちされ、読者を牽引する。

 文章づくりの過程で、戦前、戦中、戦後の日本と人々の生活が浮き彫りにされる点は、この時代を背景とする以上、当然とはいえ、あらためて当時の混乱、貧窮、アメリカ駐留軍の実態などが偲ばれ、窺われ、読者の想いを深くする。

 そして、戦後(60余年)の繁栄と、平和ボケ大国となった現状に慄然とする。

 北海道という地域が、その開拓の歴史のなかで、ごく基本的な部分、たとえば幹線道路が囚人らの手によってなされた事実は忘れてはならないだろう。旭川から網走まで、層雲峡を削って、道路をつくった時間と手間はことに過酷であったろう。

 「吉村世界に溺れている」とは、「私の名作ブックレビュー」を週刊新潮に連載する平野恵理子さんの言葉だが、まったく同感で、私も吉村世界に溺れている一人である。

 本書の主人公がいまテレビで人気のある「サスケ」に出場したら、楽々優勝というイメージが色濃く残った。


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