破船/吉村昭著

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破船

「破船」 吉村昭著  新潮文庫

 吉村昭さんの作品は出版されたうちの少なくとも9割は読んでいる。それほどの愛読者である。それは一つには著作が小説ではあっても、ノンフィクションの匂いが濃厚にあること、また気負わず、淡々としながら、信じられない歴史の一場面を浮き彫りする、熱意と技量にあると思う。

 なかでも、印象深い作品が「破船」である。最近読んだ、新潮新書からの「漂流記の魅力」も久しぶりにおもしろかったが、「破船」が現実に存在した時代は日本中の村のどこかで「一村飢餓死」などという悲惨が起こっていた時代だ。

 ある村が幕府、その筋、隣村に知られてはならないという状況下に陥る。

 沖合いから数人の息の絶えた遺体を載せたまま船が漂流してきて、島の岩に座礁、村人は神からの贈物と考え、村長を中心に、船にあったものを奪い、人が着ていた赤い服を剥ぎ、それを子供に与えた。

 ところが、この船は他の土地で天然痘にかかって死んだ人間に赤服を着せて海に放擲したものだった。そういう歴史、そういう風習がかつてこの国の一部地方に存在した。当然ながら、それに手や肌を触れた者は天然痘に感染し、死んでいく。

 時代的な背景のなかで、日本中(一部上流階級は除く)が貧しく、悲惨な生活をしていたこと、「貧」と「惨」が貪欲と悪辣さをもたらし、それが露出する場面。時代が変わったとはいえ、そこに人間の原点、というより人間のもつ業(ごう)が露わになる。本書の印象は「赤い服」のイメージとともに脳裏から消えない。

 あえて、もう一冊私が感動した本は、この作家のデビュー作「戦艦武蔵」。計画から始まり、青写真の作成、長崎での建造前の予備措置(ドッグをどの角度からも隠蔽する手立て)、建造の開始、建造にかかわった者に対する厳重な緘口令、ドッグの周囲を厳重注意する憲兵、竣工、進水式、戦線参加、米軍による攻撃に遭って、最後はあえない最期を遂げるまで、息も継がせずに読みきらせてしまう傑作。

 同じ作家の作品には「魚影」「破獄」[羆」「羆熊「羆嵐」など、テレビでドラマ化されたものが多いが、どの一冊も期待を裏切らない。


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