中田英寿 誇り/小松成美著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「中田英寿 誇り」  小松成美(1962年生)著
幻冬舎刊  単行本  2007年6月初版

 サッカーの好きな知己から「ぜひ読んでみて」といわれ、テレビでさえほとんど見たことのないサッカーというスポーツにどっぷり浸ることとなった。と同時に、中田英寿という人間に触れることができ、その生き様に共感することが多く、その意味では知己の奨めに感謝している。

 本書は中田英寿のサクセス・ストーリーではない。中田という不世出のサッカープレイヤーの人間味、根性、精神、志向について書かれたノンフィクションである。

 彼は8歳でサッカーに出遭って20年、プロサッカー選手として12年、うち8年を欧州のチームからチームへと渡り歩き、その名を世界のサッカーファンに印象づけた。

 「自分は完璧主義で、本当はチームワークでやるスポーツ向きの性格ではない」と自ら語る通り、いったん着手したことは決して半端には終わらせない性格。イタリアではイタリア語を、イギリスでは英語を積極的に覚えようと努力した姿勢にも、一徹な性格が窺える。

 タイトルの「誇り」についても、「常に全力を出し切ることだ」と明言している。とはいえ、「移籍のオファーは一時の甘い汁にすぎない」との発言からは、彼が欧州を渡り歩き、ときに騙されたり、辛い思いを噛みしめた経験を想像させるに充分。また、移籍金だけが目的の移籍でないことも明瞭。

 引退を決意させたのは「自分の志向するサッカーが出来ないことを悟ったからだ」という。彼が考えるサッカーとはチーム全員が同じ意図で結ばれ、同じイメージをもって、試合に全力を出し切ること。また、ときにリスクを背負っても、FWが突出してゴールを狙うようなサッカー。そういうチームでなければ、アジアで代表にはなれても世界ではごく平均的なチーム力という評価で終わってしまう。一言でいうなら、「サッカーの勝ち負けは勝利への執念の差である」ということになろうか。

 本書のなかで、私を惹きつけたのはフランスのサッカー記者、マシュノーの言葉で、「強いチームには必ず強烈な個性がいる。イングランドにはベッカムが、フランスにはジダンが、ブラジルにはロナウドやロナウジーニョが、アルゼンチンにはクレスポが。才能は天の配剤だが、難しいのは怪我をせず、監督や仲間の選手たちと諍いを起こさずにサッカーが続けられるかどうかであり、その意味では才能があっても、運、不運はついてまわる」とある。

 また、デットマールの言葉にも納得させられた。曰く「中田だってフランスのジダンやポルトガルのフィーゴに匹敵する天賦の才能をもっているが、そういう選手が周囲に理解されないことは往々にしてある」と。

 デットマールとは1964年の東京オリンピックでアルゼンチンを破ってベスト8になり、メキシコオリンピックでは銅メダルを日本にもたらせた男で、釜本、杉山、川渕らを育成した人物であるが、さらに、「日本のサッカープレイヤーは大和魂をもつことだ」と付け加えた。要するに、チーム全員が命を懸ける覚悟で挑めば、ゲームを制することができるということだろう。

 中田英寿は引退後、世界を旅して回っている。見聞を広めながら、また新たな出発を模索しているに違いない。

 彼はすでにニューヨークのマンハッタンにあるソホーに建つ赤レンガビルを一本所有しているし、「Nakata Net Cafe」をドイツのデュッセルドルフと東京の青山に所有している。私の直観では、彼は近い将来、企業家として成功するように思われる。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ