幾度目かの最期/久坂葉子著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

いくどめかのさいご

「幾度目かの最期」 久坂葉子著 講談社文芸文庫刊

 作者は1931年生まれ、思春期を太平洋戦争時に過ごし、16歳から作品を発表するようになり、18歳時の作品が芥川賞候補になった逸材。以後、幾つかの短編を世に問うたが、21歳で予告自死。当時、センセーションを巻き起こした。

 正直いって、この人の作品を書評するのは難しい。どの短編にも、拙さがあり、幼さがあり、と同時に鋭い洞察も含まれ、さらには死への憧憬、死への衝動のようなものが底流に存在、生きた時代、誕生した没落華族の家庭環境がどうあれ、この作者の「死への願望」を抑止することはできなかったのではないかという気がする。

 ことに「鋏の布と形」で、マネキンに語らせる言葉の端々には人間が生きていく無様を徹頭徹尾、揶揄し、罵倒する場面があり、「人間として生きることに意味はない」という結論がすでにあって、短い人生を通し、いつでも死に場所を求めていた感がある。

 本書を読むまで、私はこの作家が世に存在したことすら知らなかったが、解説者の久坂部羊さんは久坂葉子を追いかけて22年になるそうで、京都には久坂葉子の記念館があるという。

 自死にいたるまで4回もの未遂を計ったのは本気であったことが歴然としているし、人間に絶望していたように思われる。「天才と狂気は紙一重」とはむかしからの言葉だが、作家に自死が多いのはなぜだろう.。

 芥川龍之介、太宰治、石川啄木、川端康成、三島由紀夫などなど、自死するということは「生きることに絶望するか」あるいは「人生に生きる価値を見出せなかったか」のいずれかであり、それはいいとしても、なかには自分だけ死ねばよいものを、女を道連れにした、いわゆる心中を図る男がいたことで、これだけは許しがたい。

 その意味では、久坂葉子は潔い死に様に決したこと、その事実に、いくばくかの安堵を覚える。解説を担当した同じ姓の男性が作者とどういう関係の人間かは不分明。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ