人生の小春日和/ジョン・ゴールズワージー著

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人生の小春日和

「人生の小春日和」 原題:Indian Summer of a Forsyte
ジョン・ゴールズワージー(John Galsworthy/イギリス人、ノーベル賞受賞作家)著
訳者:富永和子  2005年12月初出 小学館単行本

 イギリスの老紳士と美しい若い女性のほのかな関係を「小春日和」というタイトルで表現した小説。

 85歳になっても好きな若き女性に邂逅できると体はしゃんとする。そのために、トータルの寿命が短くなってもいいという覚悟。これはちょうど日本女性作家(大道珠貴)が最近書いた「しょっぱいドライブ」の内容を想起させる。

 イギリス独特の貴族階級意識に支えられた人間たちの、これも地球上のごく一部に存在する、こだわりの強い特殊な世界が伺え、読者によっては縁遠いものを、人によっては腹立たしいものを感じるかも知れない。

 20エーカーもある敷地を散歩することができ、大邸宅には召使もメイドもいて、食事、選択、掃除の仕事をやってくれる。そういう金持ちの関心はいまや「資産の運用」にあるという老人が、係累でもなんでもない女に自分の死後、1,500万ポンドの遺産を残そうとするなど、いかにもイギリス的で、私にはむかつくという以上に、実感できない場面だった。

 そのうえ、女の生活の苦労を思いやり、むろん女に会いたいあまり、食事をご馳走したり、オペラに同行したり、これらはある意味で金持ちの「施し」にさえ思われ、傲慢、僭越にすら映る。むろん、老人は女性をものにしようとするのではなく、ひたすら時間を共有できることをこよなく希望し、その時間を楽しむだけなのだが。

 とはいえ、主人公の老人はそれでなくとも子供や孫に囲まれ、それだけで充分に幸せな後半生を送っている人物であり、日本でなら孤独に生き、死んでもそのことが何週間も知られず、なかには白骨化するまで知られなかったという事実がいくらもあるが、主人公の生活実態から察せられる幸福度は日本人の平均的な枠をはるかに超えている。

 若い女性はアイリーンというが、その女性の美しさを表現する言葉に感銘を受けた。

 「ビロードのような黒い目と白い肌と琥珀色(こはくいろ)の髪をもつ美女」このコンビネーションはイギリスでも珍しいらしい。「一般にいわれるイギリス女性は強く、一ついえば十返され、ときと場合によっては物を投げもする、日曜学校の先生みたいなイメージ」とはかけ離れた印象。

 「男は若い者と競って勝ち目がないほどの年齢になると、誰とも争わずに、美しい女性にとって大切な存在でありたいと願うもの」という自白には納得させられるが、主人公にとってそれが可能だったのは単純に資産家だったからに過ぎない。

 他に、「手の爪をきちんと手入れして、先端を尖らせ、長く伸ばすのは何にも触れないという高貴のしるしであり、これはヴィクトリア朝初期からの習慣だそうだ。私は爪を長くした女性の手を見ると、ぞっとする。

 所有するピアノが紫檀製であることに喫驚した。ピアノに紫檀製が存在することすら知らなかった。

 また、「イギリスでは好みの葉巻(シガー)と好みの作曲家の名を聴けば、その人物がたいがいどんな人間か判断できる」というのも、いかにもイギリス(あるいは西欧一般)らしい。たとえば、私が聴かれたら、 「シガーはやりません。いまはやめてますが、巻きタバコだけです。音楽はジャズが、いわゆるマイルス・デービス時代のモダン・ジャズをバーボンを水で割って飲みながら聞くのが好きです」などと応じたら、そうとうバカにされるに違いない。

 いつもながら外国人の片仮名による名前が、あるときはファミリーネームで、あるときはファーストネームで、ずらずらと登場し、これらが頭にしっかりインプットされるまで時間がかかった。

 また、女性の口語体「しますわ」「していますわ」「やっていますの」「関心がありますのよ」「いただきますわ」などは、上品なイギリスレディーの言葉を精一杯日本語に翻訳した努力の結果なのか、そして、それには成果が出ているのだろうか。 私にはワン・パターンに思えて、しっくりこない。いまどき、そんな日本語をしゃべる日本女性は熟年以下にはいない。

 正直いって、イギリスで視聴率をいっぱいに稼いだことのある原作者だとは信じられず、本書にはたいした感興をもよおすことなく読了した。 本書がイギリスでベストセラーになりはしたが、日本で同じ結果を期待するには若干無理があるような気がする。

 編集者にも、訳者にも申し訳ないが、ノーベル賞を獲得した著者の他の作品に目を通してみたいという気にもならなかった。

 苦言がある。各ページともに空いたスペースの多いこと。こうした手法で137ページまでつくって、(本来なら100ページで充分な内容)、1,143円の価格での販売は詐欺に近い。


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