日本の異端文学/川村湊著

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日本の異端文学

「日本の異端文学」
川村湊(1951年生/韓国東亜大学助教授)著
集英社新書  2001年11月初版

 「異端文学とは、それぞれの時代における社会的倫理やタブーに反する著作という意味で、社会から白眼視されたもの」を意味する。

1.「日本の近代文学は坪内逍遥の『小説の神様』(1885年)を理論的背景とし、二葉亭四迷の『浮雲』(1887年)から始まった。とはいえ、『浮雲』をはじめ、森鴎外の『舞姫』(1890年)や夏目漱石の『我輩は猫である』(1905年)、田山花袋の『蒲団』(1907年)といった小説作品が、日本の正統的文学作品であると断言することにはやや躊躇(ためらい)を感ずる」。

2.「幸田露伴の『五重塔』(1891年)、尾崎紅葉の『金色夜叉』(1897年)、泉鏡花の『高野聖』(1900年)などは、むしろ異端文学のはしりと規定したほうがすっきりする。とはいえ、異端派と正統派との懸隔はさほど落差のあるものではない」。

3.「西欧ではキリスト精神が厳然と存在し、これの教養に基づかない作品や、いわんや批判めいた言葉が吐かれる作品は悪魔に魂を売り渡した作品として糾弾、処罰、場合によっては処刑、マルキ・ド・サド、レチフ・ド・ラ・ブルトンス、フリードリッヒ・ヴィルヘルム、ニーチェ、ドツュラ・ロシェル、フェルディナン・セリーヌなどが反動者、異端者として存在そのものが否定、排された。実際には、かれらの作品はいわば思想書であって、低級な文学ではなかった」。

4.「日本には宗教的な規範が弾圧の対象になるような歴史はなかった。例外は大戦時の軍部批判、軍政批判に偏っている。むしろ『本や漫画を読むと不良になる』とか『映画を見ると不良になる』とかいわれた時代、親や教師に隠れて読んだのは江戸川乱歩や永井荷風だった。『大衆文学』と『異端文学』とは、むしろ背反する概念であり、一般大衆や庶民の知識や教養、趣味や嗜好に迎合するような文学が『異端』とか『孤高』の文学であり得るはずがない」。

5.「白井喬二、吉川英治、吉屋信子、山岡壮八など大衆文学の雄たる人々は日本文学報国会の役員としての活動によって国策に参加し、従軍作家としての活動や戦場慰問などを通じて、戦争に協力、加担したが、永井荷風や谷崎潤一郎の小説などは時局にとって無用の作品であり、退廃的かつ不謹慎であるとの理由で、発表を禁止された」。

6.「戦後は、1960年の終わり頃、夢野久作、久生十蘭、小栗太郎、国枝史郎、浜尾四郎、橘外男、渡辺春助、渡海十三などの文学作品が流布し、山田風太郎、日影丈吉、谷譲二、香山滋などの作品も異色作家傑作選として文庫出版され、日本の異端文学の啓蒙、普及に大きな役割を果たした」。

7.「これら新思潮文学は、大御所であった夏目漱石、森鴎外、島崎藤村、芥川龍之介、志賀直哉、有島武郎、武者小路実篤、野間宏、大岡昇平、三島由紀夫、安部公房、開高健、大江健三郎などのような文学の正統派ではなく、またそうした純文学と補完的な大衆文学であった吉川英治、山本周五郎、五木寛之、司馬遼太郎までからも継子(ままこ)扱いされた」。

8.「そうした風潮のなかで、半村良の『箪笥』、中菱一夫の『エイプリール・フール』などは短命に終わった雑誌の白眉として賞賛に値する」。

9.「異端小説の重要な仕掛け人として、澁澤龍彦のほかに、探偵小説『虚無への供物』を書いた中井英夫が挙げられる。

10.「金属疲労が原因で落ちた飛行機、時刻表通りに電車を走らせないと上司から叱責されることを恐れてカーブをスピードを落とさずに走らせて脱線、転覆、多くの人身事故に結果したものも、手抜き工事が原因で地震で倒壊したビルの事故も、例外なく新しいタイプの殺人行為だとの認識」。

11.「中井英夫は三島由紀夫が17歳時に書いた「玉刻春」にショックを受け、その後、三島が数々の作品を世に送り出したあげく、自衛隊の市谷駐屯地に乗り込んで扇動したが容れられず、腹を切って果てた事件を知って、『三島もこの世に誤って生を享けた人間』として自身との同質性を感じたという」。

12.「『戦中派不戦日記』を1971年に書いた山田風太郎は中井英夫と同じく、戦後の憂鬱から反現実の世界の構築に向かったという意味で相似形の軌跡を残し、三島由紀夫はその『憂鬱』に耐えきれずに自ら虚無の世界にジャンプしたといっていい。山田にとって、戦時中の日本人は狂気じみて見え、それが当を得ているのだったら、自分は非国民であることに甘んじるべき存在だと思っていた」。

13.「戦争中の日本社会は、大和魂や日本精神といった観念的な精神主義が跋扈(ばっこ)した時代であり、これに対応するのは戦後の物質主義である」。

14.「『一億総懺悔』という言葉で知られる戦争処理内閣の首班、東久邇宮(くにのみや)は1945年8月からの朝日新聞で『官軍は公然と、民は秘かに闇物資に手を染めていた』と言って、国民の道徳の乱れを嘆いたが、道徳や倫理観が廃れたのは、戦争が直接的な原因であるにも拘わらず、本末転倒の発言は食うに困らぬ立場にいた人間の暴言というしかない」。

15.小栗忠太郎という作家は「尾のある人間」とか「チンパンジーと原始人との混血」だとか、そういうあり得ないことを空想小説のネタにした「人外の小説家」だと説明されているが、バカバカしくて、読書欲を誘われない。また、橘外男の「半獣半人の男」や「人獣相姦」の話などにも反吐が出る。作者はこれを「文明のなかの野蛮」だとか「野蛮のなかの文明」と言い、相互的に見るという視線の交錯だと説明しているが、文明人そのものが元々性悪で煩悩にまみれた存在であり、あえて説明するほどの対象ではない。文明国の人間がみな紳士淑女だと思っているとしたら、錯誤、認識不足というしかない。そんな小説を異端文学だと称するのだとしたら、本書自体の意味を問われるだろう。「人間の世界の内部にこそ最大の悲惨さや酸鼻さ、残酷さが潜んでいる」との解説も単なる常識でしかない。

16.日影丈吉の作品に「女体のもつ豊潤でありながら清冽、純情でありながら淫靡な魅力をもって読者をとらえた」とあり、これなら理解の範疇だが、かといって異端の部分が「強姦、殺人、屍体陵辱」で、「それが癖になって暴行殺人をくりかえす」という話は、とくに顕著で目立つ内容ではない。

17.「橘外男は終戦前に満州に渡り、敗戦後、現地人やロシア兵によって日本女性が陵辱され、何人もの男に輪姦される風景と、性器をまるだしにしたまま、気が触れたように歩く女たちを目撃して、初めて人間の地獄を目の当たりにし、以来、作家としての生命力を失った」とあるが、作家としての資質に甘さがあると感じるし、人間認識が不徹底という印象がある。敗戦時の光景としてはむしろ当たり前のように起こる現象でしかない。日本兵だって、中国、旧朝鮮、東南アジアなどで、相当の悪行をやっている。

18.三角寛(みすみかん)は「サンカ」について多くの小説を書いた人らしいが、この人の作品が「サンカ」の実態を歪め、誤った認識を世に与えたのではないか。赦せないのは、この人物が「サンカの研究者」であるとのイメージを世に与えたことだ。司馬遼太郎が歴史家であるかのような錯覚を世に与えたように。

19.「中里介山の『大菩薩峠』は『非国民文学』であり、無用のものに対しての強調という意味で明らかに異端的な価値をもつ。この本には一人としてまともな人間は登場しない。主人公にとって世の、いわゆる罪の多くは冷笑の対象でしかなかった」。(むかし読んだことがあるが、主人公が机龍之介という以外忘却の彼方)。

20.「渡辺温は、不在の父の視線、監視が残された姉と弟に近親相姦というタブーへと進むことを抑止するという形而上学的な主題を書いた。この作家の兄、渡辺啓助は弟の妻を奪ったり、一人の男を姉妹が争うという三角関係をテーマとすることが多かった。(ありふれた主題というしかない)。

21.「一方、尾崎翠は家父長制度の強かった日本社会への反発を書き、それに抵抗、反抗する作品を世に出している。とはいえ、彼女は十歳年下の男に恋をし、兄たちへの反抗を試みるが、結局は兄たちに庇護されてしまうことになる。その点、実生活の上でも、文学的にも、世間的な倫理を踏み越えていった林芙美子との決定的な相違がある」。

22.「『わ印本』というジャンルがあり、語源は定かではないが、江戸時代から『春本』の隠語であり、『キ印』とも『わ印』とも符丁として使われた。金早山人の『四畳半襖の下張』と、作者不詳の『赤い帽子の女』が『秘本』とも『春本』」とも『エロ本』とも様々に呼ばれる日本近代文学史におけるポルノグラフィー小説の傑作。金早山人は永井荷風の偽作であるといわれているが、反論はない。本間取、居茶臼、茶白、鈴口といった典雅な隠語も、性戯、性愛の教科書としての役割を一定の時期に果たした。こうした作品は江戸時代から繋がる伝統文学を再現してみせただけだが、近代的法律により猥褻文書頒布罪として、異端文学の代表作品に仕上げられた」。

23.「石塚喜久三の作品では、戦争中の負傷で不能になった男とその妻、夫の抑留中に別の男と関係をもった妻といった戦後だからこその夫婦、男女の「性の営み」の齟齬や蹉跌が小説のテーマとなっている。戦後の「性の解放」がどのような困難や悲喜劇をもたらしたのか、石塚は性の営みの場所の確保の困難さを「回春室」という作品に結集させた。とはいえ、これら作品は社会生活の変容とともにあっけなく消えていく運命であった」。(戦争中には、舅が嫁を犯すというような事例は枚挙に暇がないほどにあったはずだ)。

24.「宇能鴻一郎の『官能小説』は戦後、多くの人が週刊誌でお目にかかった作品だが、終戦時、彼は父母とともに満州にいたため、母親が中国人の強盗に陵辱された時の屈辱的な醜悪さに対する嫌悪が作品のベースになっている」との説明は初耳だったが、宇能のエロ作品には重さや深刻さがなく、軽いイメージがつきまとっていた。

 「あとがき」に、作者は日本の異端文学の歴史をたどり、各時期の作家、作品について網羅的に書く予定だったが、書き進めるうちに、そうした異端文学の「正史」を書くことに意義があるのかという疑問が身内に起こり、整序を行いつつ次第に億劫になった。途中で軌道修正して、自分が読んできた作家、作品を自由に語ることに目的を変えた。異端という言葉にこだわらずに、ちょっと変わったもう一つの文学という程度に考えてもらいたい」とまとめている。

 私自身、本書に紹介されている「異端」として紹介された著作のほとんどに触れたことがなく、はっきりいってあまり面白い内容を網羅した著作ではなかったし、本人が言うように一冊の本にまとめた意味すら不可解。


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