38億年・生物進化の旅/池田清彦著

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生物進化の旅

「38億年・生物進化の旅」 池田清彦(1947年生/生物学者)著
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2008年~2009年 「波」に連載
2010年2月25日 新潮社より単行本初版 ¥1400+税

 本書は38億年におよぶ生物進化の歴史を200ページあまりの本にまとめている上、内容はきわめて専門的な学術書であり、テーマを「書評」とはしたが、書評の対象としてではなく、学ぶために読んだというのが正直なところ。

 したがって、以下は私個人の備忘録として記述する。

 太陽光エネルギーで水と二酸化炭素から生命活動に必要な養分をつくり、要らない酸素を放出するという能力(光合成)を身につけた真正細菌「シアノバクテリア」が出現したのが27億年くらい前。この細菌以外の原核生物の多くは酸素という新しい大気中のものによって細胞が破壊され、滅びた。

 酸素濃度が現在とほぼ同じレベルになったのは10億年ほど前になる。

 超大陸の出現(プレートニクス理論):20億年くらい前に「ヌーナ」、10億年くらい前に「ロディニア」、5億5千万年に「ゴンドワナ」、2億5千万年前に「バンゲア」が発生。

 大陸移動により火山の活発化を誘発、毒物が噴出されたり、海洋では海底火山の噴火によって科学反応を起こし、酸素が極端に減少したことが生物の大絶滅に繋がったであろう。大絶滅はカンブリア紀以降に5回発生している。

 地球最初の生物は海底火山の周囲、熱水の噴出孔で誕生した。系統樹の根元近くから分岐している種は「ハクパー・サーモフィリック・バクテリア」と呼ばれるが、80℃以上で生育する超好熱菌類が多い。

 光合成によるバクテリアの出現後、真核生物が現れるまでには5億~10億年くらいの時間がかかっている。生物の歴史の半分は原核生物の世界だった。真核生物が誕生したのが21億年前で、それから多細胞生物ができたのが約6億年前であり、その間に新しいDNAがつくられ、DNAは徐々に増加し、全球凍結という新しい地球環境が生物の進化に大きな影響を与えた。

 以後、温暖化と寒冷化がくりかえされ、このときの環境変化が細胞システムを大きく変化させ、遺伝子の新しい使い方をするシステムが出来、それによって様々な多細胞生物が一気に出現した。カンブリア紀には1000万年に満たない時間で多種多様な生物が出現したが、これを「カンブリア大爆発」と呼ぶ。

 ダーウィンは形質の遺伝の原因を知らなかった。メンデルの遺伝学が登場し、形質を決める原因は親から子へ伝えられる遺伝子であり、遺伝子の「突然変異」と遺伝にかかわる「自然選択」と「遺伝的浮動」が進化の主原因であるとする学説で、「ネオダーウィ二ズム」と呼ばれ生物学会を席巻したものの、この学説でも無脊椎動物が脊椎動物になるといったような大進化について説明することはできない。

(ダーウィンとメンデルとは同世代で、しかも同じイギリス人であり、進化論研究上まったく縁がなかったというわけではない。もうすこし緊密に接触、研究に費やす時間を共有していたなら、進化論ももっとレヴェルアップできていただろう)。

 カンブリア紀には目のある生物、たとえば三葉虫が誕生した。硬い外骨格や口も持つ。三葉虫はカンブリア大爆発時の最初期に出て、その後3億年の長きにわたり存続した節足動物。この事実からも、ダーウィンの「生物の分岐の図」とは異なるイメージで大進化を捉えたほうが整合的で、かつ正しい。

 カンブリア紀に続く「オルドビス紀」はカンブリア紀と比べ、動物の「科」の数が一挙にふくれあがり、それまでの100から数百に達した。が、オルドビス紀の終わりごろ、地球の寒冷化が進み、地表の半分以上が氷河に覆われ、生物の科の60%、海洋種の96%が死滅した。

 デボン紀(4億1千万年前~3億6千万年前)に海棲生物は科の数で500ほどに増え、シルル紀に最古の陸生植物の化石が発見されている。基本的には緑藻類から進化したものと考えられる。デポン紀に裸子植物(高さ20~30M)のような植物は育っているが、石炭紀にはさらに大きな植物、羊歯(しだ)類が繁茂し、末期には松、杉、蘇鉄、銀杏などの類が育った。

 シルル紀(4億4千万年前~4億1千万年前)に出現した板皮類の魚も甲皮類と同じく硬い外骨格を持っていたが、顎を持つ魚であり、顎ができた最初の脊椎動物という点では現在地球上に生息するあらゆる脊椎動物の祖先といえる。

 なかに、体長10メートルという「恐魚」(ディ二クティス)がいた。口に入れるものを切断する大きな顎を持っていたが、デボン紀に絶滅した。

 デボン紀には軟骨魚類、硬骨魚類いずれも出現、軟骨魚類は現生のサメやエイなどに系統的に繋がっている。サメはデボン紀に現れ、末期の環境変化も、三畳紀(約2億5千万年前~2億年前)の環境変化も、白亜紀(1億4500万年前~6550万年前)末の環境変化もすべて乗り越え、生き残った稀有の生物。

 サメは中生代には海棲爬虫類との生存競争に勝ち残り、新生代に入っても、シャチなど獰猛な哺乳類が同居するなかで滅びることなく生き延びている。

 (一般的に、サメは暖海で、シャチは寒冷海で、それぞれの時間を過ごすという、棲息海域を異にしていることで双方の生存が可能なのではないか)

 デボン紀には硬骨魚類としてシーラカンスや肺魚類も出現、両生類への進化の基になったと考えられる。ヒレがあり、ウロコがある一方で四足を持ち、強い顎をもつワニのような生物もいた。

 石炭紀に入って、ゴキブリ、トンボといった翅のある昆虫も出現。ペルム紀にかけては60センチにおよぶ大きなトンボ(メガネウラ)も存在した。

 石炭紀には寒冷化したが、その後寒冷化に耐え得る植物が繁茂したため、大気中の酸素濃度が30%以上(現代は21%)あったといわれ、そのおかげで大型のトンボも誕生した。

 昆虫は古生代に現れたが、現生の昆虫に近い種は中生代の白亜紀から出現する。古生代にはまだ花はなく、昆虫は蜜を吸うかわりに他の手法で植物に依存しつつ生をまっとうしたと考えられる。白亜紀に入ってからは花を咲かせる植物が種の維持を昆虫に依存し、花と昆虫との共進化が始まる。

 石炭紀からペルム紀を迎える頃、爬虫類の出現をみる。爬虫類が陸上の支配者として生きられたのは、卵に羊膜ができたため地上で産み落としても干からびることがなかったため。ぺルム紀の途中からは、爬虫類はその母体であった両生類を凌駕したが、ペルム紀末に大絶滅が起こった。

 原因としては大陸のプレート移動の影響で、火山爆発が多くの地で起こり、有毒ガスが噴出、酸素濃度を低化させたものと考えられる。大量の種の絶滅は短期間に起こったものではなく、数百年、数千年という長い時間をかけて異なる要因が連鎖的に発生したと考えられる。

 恐竜にはニつのタイプ、竜盤類と鳥盤類しかない。三畳紀の後期の地層から最古の竜盤類が発見されたが、体長は1メートルに満たず、三畳紀の代表的な獣脚類の一種も体長は2メートル半ほどだった。

 巨大化するのはジュラ紀に入ってからで、ジュラ紀後期には体長20メートル以上、体重数十トンの恐竜が複数種出現し、次の白亜紀に入ると、体長30メートル、体重100トン近い超巨大恐竜が出現する。

 恐竜は肉食より草食のほうが種類的には多く、温血動物だったとの考えが冷血説を上回っている。温血でないと、生命活動の維持自体が難しく、巨大な体をすばやく動かせなかったであろう。

 どの恐竜の種もおおむね100万年~200万年で滅び、種の交代が起きている。また、恐竜の多様性は白亜紀の後期に最大に達する。

 恐竜の絶滅は白亜紀末にメキシコのユカタン半島に落ちた小惑星が原因との説が有力。一部の恐竜は鳥となって生き残っている。ただ、鳥の骨は中が空洞になっているため、化石として残りにくく、鳥の起源については確定的な説がない。

 6550万年前から新生代に入る。新生代は寒冷化と温暖化の繰り返しで、そのために絶滅した哺乳類も少なくはない。

 南極大陸には始新世(3390万年前)から漸新世(2303万年前)にかけて多くの動物が生息したが、中新世(533万年前)に入ってから土地が氷床化し、有袋類の一部は大陸移動でオーストラリアに生き残った。

 いわゆる哺乳類のなかで齧歯類(ネズミ)は1800種、コウモリの仲間(翼手類)は約1000種、あわせて哺乳類の5分の3を占めている。現在、絶滅への最先端にいる哺乳類は象と崔(サイ)。(人類が関係している?)

 霊長類の祖先は齧歯類に似た歯と爪をもったプルガトリウスだが、その後、霊長類は原猿亜目と真猿亜目に分岐、初期類人猿の化石はエジプト周辺の181万年前の地層から出土し、「エジプトピテクス」と名づけられた。

 一方、人類最古の化石は「サヘラントロプス・チャデンシス」で、アフリカ中央のチャドから出土している。この化石の脳のサイズはチンパンジーと同程度で、360cc、身長は120センチ程度。

 ヒトとチンパンジーのDNA塩基配列は98.77%同じ。

 ホモ属が現れたのは250万年前から200万年前で、タンザニアの渓谷から発見され、「ホモ・ハビリス」と名づけられた。

 ホモ属には何種類かが存在したが、現代人になったのは一系統だけであり、他は絶滅した。

 初期のホモ属で現代人に繋がる直接の祖先はケニアで発見された約160万年前の化石で、「トゥルカナ・ボーイ」と名づけられた少年。身長は160センチ、脳サイズは900cc弱、同じ族の大人なら身長は180センチ以上あり、脳は1000cc近くあったであろう。ちなみに現代人の平均脳サイズは1400cc.(人間同士、脳のサイズで賢愚は決まらない)

 150万年前にアフリカを出、アジアに渡ったホモ属はホモ・エレクトスに進化、それが後のジャワ原人や北京原人に繋がる。ただし、両者ともに子孫はすべて絶滅。

 欧州に渡ったのは主にネアンデルタール人で、しばらくはホモ・サピエンスと共存した。

 結局、現代人に繋がったのは14万年前にアフリカに残っていた小集団で、10万年前にアフリカを出て欧州からアジアに広がった。人類は進化の大部分をアフリカで過ごしたといえる。

 (かねて疑問に思っているのは、同じ土地から発した人類がコーカソイド、ニグロイド、モンゴロイド、アメリンドなど、なぜ肌の色や外見の異なる人種にと変容していったのか、変容できたのかである)。

 インドネシアのフローレス島で小型のヒトの骨が数体発見されたのは最近のことだが、「ホモ・フローレシエンシス」と命名され、新種との発表があった。脳は380ccでチンパンジー並みだが出土している石器や動物化石、火を使った形跡などの関係から考えて、かなり知能があったとされる。推定1万2千年前まで生きていたとされるが、どの系統に属し、どこから来たのかは不分明。

 (フローレス島で発見された小人族は単に小人症に冒された現代人ではないかとの疑問も出されている)。

 生物は最も単純な細菌として発生した。進化の方向をランダムにとれば、結果的に時間の経過とともにより複雑な生物が増大するのは確率の問題として当然。複雑になればなるほど、その種の数は減っていく。

 環境への適応はそれぞれの種が能動的に行い、自然に淘汰されるだけの受身であり続けたわけではなかった。生物は生きやすい環境をみずから探し、選択するものである。


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