日本人が知らない松坂メジャー革命/アンドリュー・ゴードン著

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日本人が知らない松坂メジャー革命

「日本人が知らない松坂メジャー革命」
アンドリュー・ゴードン(1952年生/アメリカ人/ハーバード大学歴史学部教授/妻は日本人)著
訳者:篠原一郎(アメリカ野球学会東京支部会員)
朝日新書  ¥740  2007年10月初版

 冒頭、作者は次のように言う。

 「ヤンキースの松井へのオファー、シアトルのイチローへのオファー、いずれをも凌駕する、というよりこの二人の契約金がかすんで見えるほどの金額、1億ドルを積んでまで、なぜレッドソックスは松坂をとったのか」と。

 「レッドソックスのオーナーたちはかつて先物取引で大成功した敏腕ビジネスマンであり、このオファーには冷徹な計算と判断があったに違いない。巨額の金額を出す以上、投資に見合う回収が期待されるが、オーナーらはそれに自信がなければ、松坂に巨額のオファーはしなかっただろう」

 「野球は移民をアメリカ人に変容させる効果をもってきた。たとえば、イタリア移民出身のジョー・ディマジオはヤンキースを代表する選手になり、全米に人気を得ていた。ジャッキー・ロビンソンもアフリカ系移民だが、野球界で成功した。つまり、野球は、人種差別問題を解決するというアメリカの宿命的な課題に大きく貢献してきたといえる。1970年代には中南米からも優秀な選手がアメリカ野球界に入ってき、近年では日本、台湾、韓国からもメジャーリーガー入りする選手が増え、多人種による野球が特徴的な現象となっている」

 「観戦側からも自らの世代、身分階層、人種、民族、学歴、仕事、居住地などを越えて、連帯感を生み出す役割をもっている」(とはいえ、戦後しばらくは、アメリカの野球選手のほとんどは白人だったし、水泳の世界では現在でもアメリカ選手に黒人を見ることはほとんどない)。

 「チームが負けても、松坂が初年度に17,8勝すれば、日本人ファンは大喜びするだろうが、松坂の成績がかんばしくなく、それでもチームが優勝すれば、ニューイングランドの居住者は狂喜乱舞するだろう。」

 「日本人が松坂を応援する裏には、日本が米国の擬似植民地だったという不快な歴史的重荷がある。巨漢アメリカが支配する現在の世界秩序のなかで、さらに日本が米国の従属的な立場に置かれていることも否定しがたい関係において、松坂のような選手がアメリカの巨漢打者をきりきりまいさせることは、日本人にとっていささかの癒しとなるだろう。さらに、日本のトッププレイヤーだけが掬いとられ、日本のプロ野球は大リーガーのマイナー化する惧(おそ)れがなくもない」(現実にそうなっている)。

 「松坂が初登板した春の第一戦、対カンサスシティ・ロイヤルズでは、スタジアムには125人の日本人記者、カメラマンを含む大報道陣。松坂の投球回数は7イニング、奪三振は10、与四死球は1、許した安打は散発6という記録、降板後は抑えのエースに任せ、2対1で勝利という結果だった。キャスターは『驚嘆に値する恐るべきピッチャー』と激賞」

 「大輔は地元では『DAICE・K』と発音され、Kは同時に豪腕投手の力量を示すシンボルマークでもある」

 「実は、1914年から1918年まで、ヤンキースは最下位争いの常連だったが、レッドソックスは逆に大リーグ最強のチームだったし、何度もワールドシリーズでチャンピオンになっているが、多分にベーブ・ルースのおかげだった。ルースが1920年にヤンキースに移籍して以来、20世紀終末まで、レッドソックスは一度も優勝を果たしていず、その間、ヤンキースは26回もの優勝をさらった。この歴史がニューイングランドに居住する野球ファンを恒常的に負け犬根性に陥らせ、悲劇に慣れさせていた。だから、松坂の入団には日本人が考える以上の期待がこめられていた」

 「彼の初登板はボストン市民に結果以上の期待と満足をもたらしてくれそうな確信があったが、過剰な期待は急速な失望へ、いつでも変容するリスクを孕(はら)む。現に、7月、8月の松坂は運に見放されたかのように、味方打線の援護もなく、中盤で打たれるという病気に見舞われ、成績は振るわなかった。むしろ、この期間、鳴り物入りで入団した松坂より、人知れず、ひっそりと入団した岡島のリリーフのほうが見事だった」

 「監督のフランコーナは松坂が獰猛なほど負けず嫌いで、しかも極端なほどチームへの責任感が強いことを知っている」

 「松坂と岡島が足袋風のストッキングをしたとき、チームメイトは目を剥いた。二人は『これをすると、5本の指が地面を掴むような感覚が得られ、ピッチングの安定感につながる』と言ったら、みなが日本に大量発注した。ニューヨークタイムズもこの事実を報道した」

 「8月に入って、チーム成績は65勝42敗で、二位のヤンキースに7ゲーム差でトップだったのが、9月のシーズン終盤に至って、ヤンキースとのゲーム差は1.5と縮まっていたが、ヤンキースが最終試合を劇的な負けかたをしたおかげで、ア・リーグ優勝が決まった。最終成績は96勝66敗だったが、久しぶりの地区優勝を可能にしたのは間違いなく松坂と岡島二人の貢献に負うている」

 「松坂の8月9月の不振を見て、日本人なら、本書のタイトルを見て、『なにがメジャー革命か』と言いたいところだろうが、ボストン市民なら、『日本人はわかっちゃいない。大リーグに入団したばかりで、癖の強い他球団のバッターたちを翻弄できるほど甘い世界じゃないんだ。それでも、松坂は15勝を挙げた。奪三振は201だぜ』と反応するだろう」

 「松坂と岡島の入団はチームを強化し、人気のあるチームに押し上げ、それがスポンサーとの関係を良化し、スポンサー料のアップ了承に繋がるだろう。『革命』と敢えて大仰に構えた理由は、アメリカ人の日本野球に対する評価のレベルアップ、レッドソックスと千葉ロッテとの球団契約、松坂のプレイ前の『投げ込み』という日本流野球が研究対象になりつつある事実などがあり、同時に、革命にも色々なタイプがあるということだ。過去70年間、影響を受け続けてきた日本のプロ球界が初めて、日本の一選手に依って考え方を変えさせる機会となる可能性すらある」(シアトル・マリナーズのイチローにも、アメリカ野球にない独特のものがある)。

 「ジェネラル・マネージャーのエプスタインは『我々のやり方を松坂に押し付けていたら、失敗しただろう。そして、松坂自身が日本式のやり方に固執していたら、やはり失敗しただろう』と、胸のうちを語った」

 「日本人が野球を知ったのは、1872年(明治4年)、アメリカ人教師が学生に教えたことに始まる。一方、ゴルフは、1901年に来日したイギリス人が『ここでもゴルフがしたい』と言い出したのがきっかけ」

 作者は最後に、「将来、『マツザカ理論』というものがアメリカの野球界に残ることになるかも知れない」と結んでいる。私の個人的な評価では、日本人プレイヤーの目をメジャーリーガーに向けさせた最大の功労者は「トルネード投法」で名を挙げ、ノーヒット・ノーランをも記録したピッチャーの野茂。

 2009年に、もし松坂が期待通りの働きをしなかったら、アメリカ球界やフアンはどういう態度をとるだろうか?


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One Response to “日本人が知らない松坂メジャー革命/アンドリュー・ゴードン著”

  1. 3news より:

    コメントありがとうございました。
    物乞いにもカーストがあると聞いたことがあります!!
    制度が生理的嫌悪感をよぶ…程度の差はあるかもしれませんが、よく考えれば日本にもありますよね。
    松坂は新しい風を大リーグに蒸かせたのですね。おもしろそうです。読んでみまっす。

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