マールのドア/テッド・ケラソテ著

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「マールのドア」 テッド・ケラソテ(Ted Kerasote/アメリカ人/ネイチャーライター)著
訳者:古草秀子  原題:Merle’s Door
副題:大自然で暮らしたぼくと犬
帯広告:ひとりと一頭の、自由で幸せな14年間を描いた全米ベストセラー
2007年アメリカにて初出版
2009年11月20日 河出書房新社より単行本初版
¥2200+税

 ユタ州のサンファン川での川下り時に半野生化した幼犬(後にマールと命名)と出遭い、14歳で逝去するまでの著者と一頭の犬との絆と暮らしのほか、著者自身の犬に対する認識の変化などをありのままに活写したノンフィクション。書名の「マールのドア」の「ドア」とは、犬が自由に通過できるためのドアに開けた「犬用のドア」をいう。

 犬の先祖は狼か、ジャッカルか、コヨーテかという議論があるが、犬の古い化石をDNAチェックしたところ、犬はまぎれもなく狼の子孫らしい。マールはゴールデンレトリバー、イエロー・ラブ、ハウンドの血を受けていて、みずから狩猟することに逡巡しない犬。

 著者はマールをワイオミング州のケリーという自宅のある町に連れ帰り、自然がふんだんに残る土地の利を生かしてリードをつけずに共に暮らす。町はグランドティートン国立公園の一部であり、自然保護区にも隣接、登山、スキー、フィッシング、狩猟も可能という恵まれた土地。

 著者が本書で強調するのは、「色々なものが存在する広い空間で、自由に動き回れる環境下の動物は神経回路の発達を促進し、社会性を身につける」ということだが、車社会のただなかに住む人にとって飼い犬を自由にさせることには、むろんリスクが大きすぎ、誰もが真似のできることではない。

 ちなみに、1994年の1年間に犬による咬傷事件は全米で470万件起こっているが、そのうちの75%は飼い主の家庭内でのこと、狭い空間しか与えられていない飼い犬が閉塞感から攻撃的になるのだという。

 本書には犬の知能、行動心理、生態などに関する文献が多岐にわたって引用、紹介されているが、それらがしばしばストーリーの流れを中断するにも拘わらず、読み手として邪魔に感じず、読後には深い感動が胸底に残ったことが不思議といえば不思議だった。この一冊があれば、犬についての全てが学べると言っても過言ではないだろう。

 犬にも情緒もあれば、羞恥心も猜疑心もあるし、嘘もつくし、騙しもするし、とぼけもするし、愛情も表現するし、友好的姿勢もみせる。「人間と高等哺乳類とにそれほどの差異はない」とはチャールス・ダーウィンの言葉。

 主人公と犬とのつきあいには爽やかなものが一貫して流れ、心を打つ場面がちりばめられており、執筆にはやや白人特有の執拗な部分が窺えるはするが、さして気にはならずに読めるのは、偏に、作者の真摯な姿勢にある。「カヌー犬・ガクの生涯」(本ブログで紹介済み)を書いた野田知佑も本書を絶賛している。

 訳者が「あとがき」で触れているが、本書は犬と人間のありように関し考えさせられる一書である。


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