綾とりで天の川/丸谷才一著

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「綾とりで天の川」 丸谷才一(1925年生)著
2008年9月20日 文芸春秋社より文庫化初版  ¥629+税

 解説者が言っているように、作者の好奇心旺盛な姿勢は年齢に負けないエネルギーを感じるが、本書には16編の短編エッセイが掲載されていて(初出は雑誌で2003年から2005年に掲載されたもの)、生きた時代、年齢などの違いからかも知れないが、対象が広いフィールドに渡っていることもあり、興味のもてる内容もあれば、なぜこんな首題に拘泥して、しつこく書くのか不可解といった内容のものも少なくなかった。

 なかから関心を寄せられた部分だけを拾い書きしてみる:

 「スターリンとヒットラーは二人とも通常の規範や社会倫理に縛られることはないという信念をもっていた」(というが、これはほとんど常識。この二人に加えるとすれば、中国の毛沢東。いずれにも共通するのは「ハチャメチャ政治」に終始した、歴史的に稀有な悪童だったこと)。

 「マリリン・モンローとジャクリーヌは「Sisters under the sheet」と言われていた。シーツは掛け布団の下にもついていたから」という言葉。二人のことは、つい最近のTVで偶然ながら紹介されていたが、(といっても、同じような内容の放映は過去に何度かあった)、要するにケネディのSexual Friendsだったということ。(ケネディはモンローにとどまらず、やたら女に手を出していたが、演説のイメージと夜のイメージには深い溝があって、それも男の一部だと私は思っている)著作によれば、「グレース・ケリーと結婚したモナコのレーニエ三世は以前はモンローとの結婚を望んでいた」らしい)。

 「飛行機を最初に発明したライト兄弟は生涯独身で、自転車を操業しつつ機械いじりにのめり、酒もタバコもやらない、そのうえ二人ともに高校中退で空を飛ぶ飛行機に挑み、成功した。ライト兄弟の飛行機が世界で最初の飛行を実現したことに関しては、歴史にしっかり書かれるまではかなりの紆余曲折を経た」という。

 「オランダの船乗りが抱いて寝たという『抱き枕』をイギリス人が「ダッチ・ワイフ」と言ったり、オランダ人のケチを揶揄して「ダッチ・アカウント」と言ったり、はたまたコンドームのことを「フレンチ・レター」、梅毒のことを「スパニッシュ・ガウト」とか言うけれども、日本人は一体に外国人蔑視表現を慎む傾向がある」

 (この意見には異論がある。日本人が慎んだのは対白人種であって、「毛唐」とか「赤鬼」くらいしかないけれども、戦前までは不良のもの、質の悪いものには何でも「朝鮮」を枕詞につけて、たとえば「朝鮮菊」などと称したし、中国人のことを「チャンコロ」と蔑視した。

 「中国の麺が西に行ってパスタになり、日本にきて蕎麦とうどんになった」と言う説は初の知見。

 「1977年、福沢家では墓を一つにまとめることになり、墓土を掘り返した。地下1メートルから大人の遺骨と埋葬品が、さらに1メートル掘ると、地下水が流れ、そこに1.8メートルの棺がそっくり腐敗もせずに残っていた。棺を開けると、173センチという明治時代としては長身の福沢諭吉が着物を着、帯を締めたまま胸の上で手を合わせ、仰向けになって透明な水にひたり、横たわっていた。地上に引き上げたとたん、大気に触れ、皮膚が変色した。遺体はミイラ状で屍蝋と化していた。空気と遮断され、地下水のマグネシウムやカルシウムイオンが遺体の飽和脂肪酸に作用、蝋のように変化させていた。遺体は遺族の希望もあり、あらためて火葬にふされた」

 「ロシアにはレーニンの遺体がミイラになって霊廟に安置されているが、レーニンの配偶者はそれを望まなかった。スターリンは自分が亡くなったときは、本人の希望通りレーニンの横にミイラ状で安置されたが、後にスターリンの遺体は霊廟の裏の墓に移された」

 (スターリンのミイラをレーニンの脇に置くのはレーニンに対し、あまりに礼を失しているとの判断であろう)。

 「ミイラのなかで最も格の高いのはツタンカーメンであることは世界が認めるところだが、1991年の秋に、ヨーロッパのチロルの氷河で発見された普通生活者の5千年前のミイラこそ『自然がつくった普通人のミイラ』という点でナンバーワンではなかろうか」

 (この書籍「5000年前の男」に関しては私も2005年4月18日に本ブログに書評を書いている。丸谷氏はなぜか日本古来の僧侶が断食して狭い地下に入り、ミイラとなった姿、即身成仏が全国的にかなりの数で発見されている事実については触れていない)。

 「かつて、角界と博徒の世界とが密接な関係にあったこと、力士を廃業した者が博徒の世界に入ったケースが多かったことは、地方巡業などで博徒の世話にならざるを得ない状況が昔はあったことを示している」

 (思い出すのは、かつて、美空ひばりが広域暴力団の親分を「おっちゃん」と親しげに呼んでいたことで、歌手も地方公演では暴力団の世話になっていたことが想起される)。

 「勝海舟に対して、接した人も、残った文献からも、評価の高い人と低い人とに分かれる」という話があるが、江戸無血開城をするまでの海舟と、明治政府の顧問のような仕事をして余生を送った頃の海舟とは、イメージが異なるような気がする。私も「海舟の氷川清談」を読んだことがあるが、自慢をしているような口吻をしばしば感じ、江戸っ子特有の底の浅い風情をもつ饒舌には嫌悪感をもった。

 「海舟が咸臨丸で太平洋を横断したのは世界初ではないか」と著者は言うが、それ以前から、アメリカの捕鯨船が日本近海まできていたし、小笠原には今でもアメリカ人の血が繋がっている子孫が住んでいることもあり、咸臨丸が世界初ということには疑問を感ずる。だいたい、ロシアにしろ、アメリカにしろ、「それぞれの民間からの要望があって、日本に開国を迫り、食料、燃料、飲料の世話をしてくれ」というところに原点があって開国を迫ったのではなかったろうか。

 「アメリカ人はフランス人を侮ってフロッグ・イーター(蛙食い)というが、中国人が燕の巣や熊の掌を食べるからといって、そういうものを食べていることを挙げつらって罵倒することはない」

 (中国人は蛙はもとより、ゴカイ、蝉、蛙、犬、トカゲ、亀も食うし、つい前までは生きた猿の脳味噌も食っていた。日本人が口にするもので、西欧人が最もぎょっとするのがかつては蛸だったから、オクトパス・イーターと言われた時期もあったのではないか。私はフランス料理なら、エスカルゴ(かたつむり)が大好物)。

 「イギリスの護衛隊が(Beef Eater)と言われたのは、フランス人がイギリス人全体のことを軽蔑的に用いるのに使った言葉だが、ついにはイギリス人自身が開き直ってみずからそう称したという」。

 イギリス人は牛肉はビフテキとロースト・ビーフに限ると思い込み、作者はそれに賛意を表明しているが、私にはイギリスの牛が美味であるわけがないと思われて仕方がない。元来、イギリスには食べ物の美味、不美味を口にするのは紳士ではないという教育がある。「イギリス人はフランス人の料理は人工的にこねくりまわして細工するのが気に入らないというが、その裏には、イギリス人は素材をそのまま生かした料理を好む性癖があるからだろう」

 (味蕾に関して最も発達しているのは、世界でフランス人、中国人、日本人ということになっていて、イギリス人が逆立ちしても敵わない分野。尤も、渋みを感じることができるのは日本人だけという説もあるが)

 「歴史に残る英雄は、カエサルにしても、アレキサンダーにしても、ナポレオンにしてもなぜか若死にしている。そういえば、スターとして一時代を築いたジェームス・ディーンも若死にしている」

 丸谷才一氏の書籍に触れたのは、たぶん初の経験だと思うが、読者に語りかける口語体に近い内容は表現手法が軽妙で、優しく、このような文体の書に出遭ったのも初めてだった。ただ、短編のテーマをどのような意図で選んだかについては推定の枠外。

 著者には申し訳ないが、むかしから私は丸谷才一氏と井上ひさし氏とを混同していて、今だに識別できずにいる。お二人とも、東北の山形出身ではあるが。


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