モンゴル紀行 街道をゆく5/司馬遼太郎著

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「街道をゆく・モンゴル紀行」(5) 司馬遼太郎著
2008年9月30日 新装文庫化初版  ¥620+税

 本書の初版は1973年に紀行した折の連載もの、36年もむかしに、著者が学生時代から憧れ、そのためにモンゴル語を学んだという経緯もあり、この紀行に懸けた期待は半端なものではなかったであろう。

 帯広告には、「淡く薫る草原、満天の星、踏みしめる草花の一本、一本につよい哀愁を感じた」とある。

 36年も昔の旅であれば、日本からモンゴルの首都、ウランバートルに向かう直行便はなく、ソ連のハバロフスク、イルクーツクを経由し、ヴィザさえイルクーツクで取得するという、今では信じられない内容の旅となっている。

 冒頭に近い部分に、「ソ連は第二次大戦で主に独ソ戦で2千万近い人命を失っている。その恨みが満州で多くの日本人への暴挙となり、シベリアでの過酷な強制労働に結果した」とあるが、独ソ戦で兵士の命が奪われなくとも、ソ連は同じことを日本人、日本兵にやっただろうと私は思っている。

 ハバロフスクではアムール河(黒竜江)沿岸にかつて住居したツングース族の博物館があり、「残されている民族服の模様がアイヌのそれと酷似している」ことを指摘しているが、同じ指摘は江戸期にサハリンからアムール河にまで足を伸ばした間宮林蔵にもある。ただ、両者の言語にも血統にも、同じものはなく、全く別の民族だとの結論が述べられているが、モンゴロイドとしては、モンゴル人を含め、中国人、韓国人、ポリネシア人、日本人を含め、みな同じであることは論をまたない。

 アルコールに弱い民族の代表は日本人だが、モンゴロイド一般に下戸が存在し、モンゴル人も、インディアンにもアルコールに弱い人が多いという点、モンゴロイド系列を否定できない。ただし、インディアンは一般にアメリンドと称される。

 「ハバロフスクやイルクーツク(バイカル湖の傍)がソ連領となったのは17世紀、日本が江戸時代、将軍家光の頃で、コサックが西洋婦人に売るための動物の毛皮を求めて進出し、遊牧民は基本的に領土欲が希薄であったため、シベリアの東地区がそっくりロシア皇帝に献上されることになった」という。

 モンゴルは中国では「蒙古」というが、これは蔑称で、「阿呆」「バカ」といった意味。ただ、「かつてのモンゴルは現在のサイズより広い領土を持ち、再三にわたり南下しては、中国領土を荒らしたことがあるばかりか、14世紀には中近東から欧州にまで攻め込み、中国そのものをフビライ・カーンが制覇、「元」を建国する。また、元が消滅しても、ロシア国内に建国した「ウチャップ・カン」は生き残り、ロシアにとっては「タタールのくびき」ともなり、以来、フビライの父、ジンギス・カーンという人名はロシア人を前にしてはタブーとなった」

 モンゴル軍が世界制覇を可能にした最大の理由について、「遠征軍は十数万から二十万程度のモンゴル兵だが、騎馬による戦いに長けていたことで、鞍を用いずに裸馬に乗る術を知り、一人の兵がそれぞれ20頭もの馬を率いて、中近東から欧州まで殺到しつつ、弓矢を巧みに使った戦闘手法に対抗できる国が当時はなかった。この戦法はイラン系のスキタイから始まったといわれる」

 ロシアですら見られなくなり、スターリングラードという都市名もサンクトペテルブルグという昔の名にあらためられているのに、ウランバートルにスターリンのブロンズ像があるのは、かつて日本の関東軍の一部が突出して、モンゴルのパオ20個を爆撃したことがあり、これを助けてくれたのがスターリンだったという恩義を忘れずにいるからだというが、スターリンはモンゴルを抑えたとき、チンギス・カーンの末裔を悉く探し出させ、処刑したという話も残っている。

 一方、「中国の近隣諸国は、韓国、ヴェトナム、日本を含め、厚い薄いの差はあるが、中華の風に染められたが、モンゴルだけは唯一、言語にも、風習にも、道徳観念にも、まったく影響を受けていない」という。「遊牧民族には農耕民族を卑しむ習性が色濃くあり、かつ、中国嫌いという点では、モンゴルを上回る国はない」という。

 自治区にされ領土化されたチベットも、ウィグルも、内モンゴルも中国人嫌いという以上に憎悪の的である点、モンゴルやヴェトナムより深刻なものがあるだろう。

 ちなみに、食事に箸を使う民族は、中国をはじめ、韓国、日本、ヴェトナムの四国。

 本書を読みながら、著者の漢籍の素養にあらためて感じ入りつつも、著者の旅そのものには特別の配慮がなされ、日本の有名作家を迎えるにあたって、この時代としては精一杯の受け入れ態勢が組まれ、恵まれた旅をしつつ、取材を行なったという印象が拭えずに残った。


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One Response to “モンゴル紀行 街道をゆく5/司馬遼太郎著”

  1. くっきー より:

    ありがとうございます!
    またお邪魔します♪

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