物理学者、ウォール街を往く。/エマニュエル・ダーマン著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

物理学者ウォール街を行く

「物理学者、ウォール街を往く」 エマニュエル・ダーマン (Emanuel Derman/ユダヤ系南アフリカ人)著
原題 「My life as a Quant, reflections on physics and finance」
監約:森谷博之、訳者船見侑生、長坂洋子
東洋経済新報社刊  単行本 ¥2,400

 著者のエマニュエルは南アフリカ出身のユダヤ人、理論物理学者であり、素粒子学者でもあるが、アメリカに渡って学者としての道を歩みながら、あるとき一念発起、学者の世界とはまるで趣の異なる金融業会に単身入社、おのれの才能をトライする。

 本書を読むかぎり、著者は温和、几帳面、繊細、平均的なアメリカンとはだいぶ違うキャラの持ち主。

 本書を入手するきっかけは「アメリカで学んだ物理学者が、たとえ「クゥオント」つまり「軽量アナリスト」と呼ばれていたにせよ、わけのわからぬ株式市場を理路整然と説明し、不意に起こる暴落や暴騰について科学的な理由づけをし、しかもそれらが事前に消費者(個人投資家)の手に届くのではないか」と期待したことだ。

 驚いたのは、本書の最初5分の2から半分は理論物理学の世界の話で占められ、登場者は物理学の世界で生きる多くの類まれな才能の持ち主であふれていること、ノーベル賞を獲得した人、これから間違いなくノーベル賞を受賞するであろう人、その他、すでに名をなしたヴェルナー・ハイゼンベルク、量子論のリチャード・ファインマン(Richard Phillips Feynman)、原子爆弾のロバート・オッペンハイマー(Julius Robert Oppenheimer)、宇宙インフレーション理論のアラン・グース(Alan Harvey Guth)、量子学の創世期の英雄ヴィクター・ワイスコフ(Victor Frederick Weisskopf)、「パリティ保存の法則」の李政道(Tsung-Dao Lee)、楊振寧(Chen Ning Yang)などなどが登場し、「ウォール街」とはまったく無関係だったことだ。ただ、このなかに、日本人名よりも中国人名のほうが多く登場することには驚きを禁じえなかった。

 この事実は、決して「面白くはなかった」という意味ではない。

 とはいえ、ここまで本ブログに書評を書いたおかげで、「量子力学」のファインマン、「超伝導理論」のジョン・ロバート・シュリーファー(1972年ノーベル賞受賞)、「カオス」のジェイムズ・グリック(James Gleick)、「複雑系」のM.ミッチェル・ワールドロップ(M. Mitchell Waldrop)、「大宇宙・七つの不思議」「量子論」「相対性理論」を書いた佐藤勝彦らの著者を読んでいたことが理解を援けてくれたことは事実。

 また、ここで学んだことの一つに、「物理研究を目指す学者あるいは研究者は「ポスドク職」を求めて、雇用期限の3年間に人の注目を集められるような論文を発表し得ないと、またあらためて別の大学に「ポスドク職」を求めてさまようという過酷がついてまわること。 日米の大学の差異にいまさながら驚愕させられた。また、研究者らには、人間の質の問題というべきか、アドベチャラスな精神を感じ、敬服した。 そのうえ、論分を認められ、発表する段になると、そのコスト300ドルも自腹で納めるというのも私の思考範囲にはなかった。

 それにしても、本著作者は大学を点々としながら、アメリカでは一環して南ア出身であることが興味深い姿勢で迎えられたにも拘わらず、イギリスのオックスフォードでは単に劣等殖民地人として扱われたに過ぎなかったと嘆息している。 イギリス人による人種差別観には抜きがたいものがあるように感じた。ちなみに、南アフリカは一時はオランダに一時はイギリスに植民地化された歴史をもつ。イギリス人は自国がかつて植民地化した国に生まれたコーカソイドですら侮辱し、軽侮する傾向を強く持っていたということ。

 「情報は自由を求めているのは解るが、情報の自由が不要な情報まで他人のパソコンにぶちこんでいく自由にいまは変貌している」との説にはご尤という気持ち。 インターネットが本来的に持たざるを得ない「ゆがみ」と、それを根とする「不快」とがついて回るということだ。

 企業では、ソフトウエアを開発する人を知能を伴わない「コーディング」「コード化作業」と呼び、一方で、作業の好きな当人たちは自分たちの仕事を「プログラミング」と読んだ。

 「リスクのない金のなる木はない」規模が大きくなれば、一層困難である。世界にはリスクをともなわずに得られる利益は多くはない。結局のところ、多額の資本から同じリターンを生み出すための奮闘は常にリスクの高い戦略をとろうとする誘惑を生み出す」。

 株価というものは各人が自分で適正な価格を想定しているものだが、ちょっとした株価の動きでうろたえるものでもある。人間は基本的にパニックに陥りやすく、狼狽した売買をしがちだ。

 著者のボスであったフィッシャーはよく言った「よき教育者になろうという欲望が良き教育者を導きだす」と。

 「ウォール街で長期間にわたり幸せであり続ける人はいない」は蓋し名言。

 1980年、著者はソロモン・ブラザースに移籍。金融経済界には多種多様の債権や証券、オプション、さらにはそれらを組み合わせたものも、存在することを認識。

 金融、投資会社では、優秀な人材も一年もすると去っていく。原因の大半は上司との軋轢だが、その上司も数年後には去っていく、それがアメリカ社会。アメリカ経済は環境が悪化すれば「経済環境」を理由に逡巡することなくレイオフを宣告、解雇に踏み切る。アメリカ社会の厳しさが本人が意図せざるところでふと顔を出す。それにしても、転職の多さには一驚。

 1990年、ゴールドマン・サックスに移籍。グラニーとともに「サムライ」という基本的リスク・マネージメント・システムを設計、構築。 「ハイテクも重要だが、ローテク(人間の直観)も重要」とは、著者の言。

 当時、日本は日経平均¥38,915の最高値に到達。ゴールドマンにはデンマークと結んだ「デンマーク王国プット」として知られるゴールドマン・サックスを結果的に興奮に導いた事前取引きがあった。同僚のグラニーは機能的にかつシスティマティックに日経平均の下落に対する巨額の保険をかけていて、この「プット・オプション」を大量に購入していた。当時、日本の天下の大勢は強気に動いていたため、プットオプションは安く買えた。そのうえ、このオプションを一般公開市場へ売り出しをはじめ、さらに収益率を高めた。

 プットオプションとはゴールドマン・サックスがデンマーク王国がアメリカ証券所に上場された際に互いに結んだ契約で、93年を満期とするワラント(保証)であり、デンマーク王国は「ドルによる支払いに対するワラント」を設定し、結果として日本株式市場の大暴落がゴールドマン・サックスとデンマーク王国に多額の利益をもたらした。

 この成功例を別にすれば、金融モデルの「正しさ」とは想像していたより曖昧なことをつくづく悟り、著者は相場の世界とは縁を切り、再びコロンビア大学への帰還を決意。

 エマニュエルの言葉:

 「金融は自然科学というよりは社会科学の世界であり、美しい現象はほとんどなく、人々を魅了する法則は事実上存在しない。金融の世界は選択の余地なく、現象的アプローチをとらざるを得ない」 また、「アメリカの1987年の暴落、日本の1990年以降の暴落は100分の1の可能性でしかない」。さらにまた、「我々は無法地帯を旅していることを忘れないほうがいい。市場と理論とは常に衝突をくりかえす」と。そして、「投資家が当面しているのはリスクではなく、不確実性である。一方で、将来とは、いくつかの予測予可能な、世界の一つであると私は仮定する」と。

 (著者が導いた結論は、結局のところ、初めから見えていたことで、物理学者が市場が動く原理を数式で把握、捕捉できるのかと、市場はささやかな期待をもって見守っていたが、金融業界で右往左往する欲張りどもに提供できるような確かなものを見出すことはできなかった)。

 確かに、超有名な重厚長大企業が国民の信頼を得、それにベースして、投資家は株式市場で株を売買している。ところが、ある日突然、百パーセントの信頼を裏切って、「粉飾決算」が、「談合」が、「産業廃棄物の処理」が、「役員による詐欺」が、「整備不良」が、「労働過剰」が、「偽のブランド」が、「飲酒運転」が、「贈収賄」が、「総会屋との事前取引」が、「手抜き工事」が、というように、もろもろマスメディアに暴露され、消費者はただ唖然、呆然、慄然の態、株価はイメージダウンを結果してあっという間に大幅に落ち込む。

 これまでも、ダイエーや雪印やカネボウをはじめ多くの上場企業が自滅、その情報をあらかじめ開示することは「インサイダー取引」になるからという隠れ蓑で、自己売買の部分だけは早々と処理し、顧客には一切その情報を入れずに知らん顔をする。 いつでも、大損をさせられるのは個人消費家。株式市場のあり方に、、もう少しまともな手法を採り入れないと、せっかく新たな参加者となったインターネット取引をする若者も早番、この市場から足を洗ってしまうだろう。

 株式市場に「美しい法則」など存在し得ないことは百も承知で、株の売買から離れられない人も少なくないだろう。

 こうした日本市場の現実を見続けてきた読者にはエマニュエルのいわんとしていることはよーく理解できたはずだ。

 正直にいうが、私は我慢しながら、本書を意地で読み続けた。頭痛、疲労、眠気に襲われながら。

 日本の証券業界で働くアナリスト、セールスマン、ディーラー、マネージメントの方々のなかで、本書をさいごまで飽きずに、途中を飛ばすこともなく、読みきった人がいるのかどうか、そして、読みきれたとしたら、何を獲たのか、訊いてみたいものだ。

 最後、ゴールドマン・サックスは日本上陸後、宿泊施設のついたゴルフ場を、都会のビルを、株式市場を買い漁り、政治家とのロビー活動を通じて活発化している。「たかがFUND会社」が様変わりな様相を呈し、これに不快感をもつ日本企業家も投資家も投資機関も少なくない。やられっぱなしの、この屈辱を、いったいだれがいつ晴らしてくれるのだろうか。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ