私の男/桜庭一樹著

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私の男

「私の男」 桜庭一樹著
文藝春秋  2007年12月 単行本初版

 ありきたりな表現をすれば、本書は「小児性愛」と「近親相姦」と「殺人」を網羅した小説だが、そうした醜悪で汚らわしいイメージとは裏腹に透明感があり、俗悪な内容を薄めているのは、作者の卓越した筆致に依拠していると思われる。

 さらには、全部で六章でまとめられた起承転結が、章を追うごとに、過去に遡るという工夫、同時に、章ごとに語り手を代える手法には、並みでない小説家としてのレベルを感じさせる。

 奥尻島で地震があり、津波が発生、両親も兄弟も波にさらわれ死んでしまうが、9歳の少女だけが生き残り、そこに親類の一人の男性、30歳代が紋別(北海道の東岸、オホーツクを目の前にした都市で、知床と稚内の間に位置する)から尋ねてき、少女を連れ帰って養子縁組をし、以後、生活を共にするのだが、かつて、その男の父がオホーツク海で操業中に転覆して死に、続いて母が病死したため孤児となり、しばらくのあいだ、奥尻島で民宿を経営していた少女の両親のところに預けられた経験をもつ。その間に、男が婦人と不倫を行い、孕んでしまったのがこの少女で、男と少女とは実の父子であることが最後になって知れるところは、ちょっとしたサスペンス。

 土地の年配者が二人の関係に気づいたため、少女がその年配者を死に追いやって東京に逃亡。刑事が二人を追って紋別からやってきたが、男は刑事を殺害し、「人殺し」という共通点まで二人が持ち、ために一層絆がより深まるという設定。死体はビニール袋に入れて押入れに放置し、同じ部屋で、しかも狭いシングルベッド上で常に体をからませて寝るという場面にはおぞましさも、痛みをも超え、癒しすら感じさせる。

 そのうえ、男の姓が「腐野」(くさりの)で、少女の名が「花」とは、作品の内容からいって、命名の妙というより、ちょっとした遊び心で、この命名がよく効いている。また、常時、男女の体を覆う匂いと、部屋に漂う臭気とが、北海のどす黒い色と、都会のくすんだ空気とをマッチさせ、背景描写にも巧妙で緻密な推敲が及んでいる。

 少女が24歳になって結婚した直後、男が部屋から消え、行方を絶つが、おそらく北の海に死に場所を求めて去ったのだと推量させるテクニックも感嘆に値する。

 あえて難点を挙げれば、平仮名が多く、読みにくい点だ。男が常に煙草を手から離さず、煙をくゆらす描写がいいたるところにあり、禁煙を強いられた人や喫煙を我慢している人には苦痛であろう。

 本書が直木賞を受賞したことに異論はなく、久しぶりに面白い小説に出遭ったという思いが残った。


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