ボクの音楽武者修行/小澤征爾著

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ボクの音楽武者修行

「ボクの音楽武者修行」 小澤征爾著
新潮文庫  1962年音楽の友社より単行本
1980年7月文庫化初版

 世界の小澤征爾が1959年(24歳時)より1961年(26歳時)まで、まる2年半をかけ、フランス、ベルリン、アメリカで過ごし、行く先々で音楽的才能を評価され、ついにはニューヨークフィルハーモニーの副指揮者となって、日本に帰国するまでの、若き時代を自伝的に書いた内容。

 船舶(貨物船)を利用して日本から欧州まで、欧州大陸は地中海沿岸からスクーターで、欧州から米国、米国から日本へは飛行機でという、旅の在りかたが過度期にあったことによるめまぐるしさ、ことにスクーターによるヨーロッパでの移動では、それぞれの土地の匂い、人々の息遣いがまでが著者の筆を通し、生き生きと伝わってくる。「指揮には鋭敏な運動神経が必要」という言葉にも納得がいった。

 「天は二物を与えず」というが、この天才的大指揮者には文才は与えなかったようで、雄弁ではあるが、語り口を文体とした会話体で走り書きした感は否めない。

 フランスではカラヤンに、米国ではミシュルンと、バーンスタインに師事しつつ、指揮棒の振り方、音楽の理解の仕方について学ぶ姿勢は読み手にじかに伝わってくる。

 小澤がドイツ人の若者から「ピアノでジャズを弾いてくれ」と頼まれて驚く場面があるが、ドイツのもつ独特の堅苦しさからの脱却が若者らの心の根っこにあったのではないかと憶測した。現実に、西欧では一時、オイゲン・キケロという若者がクラシックをジャズ化して、それが結構人気を博していたし、私も愉しんだ。

 小澤が最終章で、フランス、ドイツ、アメリカ、日本それぞれのオーケストラの違いについて言及しているが、このあたりの文体は、それまでの軽いタッチから唐突に真面目な印象で語られていて印象が深い。

 曰く「ドイツのオーケストラは指揮者の優劣に左右されず、常にいつもと変わらぬアンサンブルに徹する。フランスのオーケストラはアンサンブルに乏しく、その意味ではまとまりに欠ける恨みはあるが、感性に光り輝くものがあって、その色彩に魅了される。

 アメリカのオーケストラは指揮者の優劣により、ひどく左右され、出来栄えに影響する。日本とアメリカのオーケストラに共通するのは西欧的な音楽に関する伝統が欠けており、それゆえに新しい発展性と可能性を秘めている点で、長期にわたる伝統に拘泥する西欧オーケストラにないものをもつことが強味。近代や現代の音楽をオーケストラで指揮すると、アメリカのオーケストラの実力が際立つ」と。

 ところで、小澤征爾には間違いなく「世界の」という「冠」がつくけれども、他の日本人に、この「冠」をつけられる人間がどのくらいいるかを考えてみた。

 まずは、欧州に絵画のうえで影響を与えた江戸時代の浮世絵師(鈴木春信、葛飾北斎、歌麿、広重)、武士道を英語で書いた「新渡戸稲造」、アフリカで黄熱病に倒れた「野口英世」、ホンダの創始者「本田宗一郎」、船舶協会の会長であり、競艇から得た利益金を世界にばらまいた「笹川良三」、映画監督の「黒澤明」、高等弁務官として世界に名を馳せた「緒方貞子」、ロシアのバルチック艦隊を撃滅した「東郷平八郎」、二〇三高地から旅順に停泊していたロシア艦隊を殲滅し、ハルピンまで敵将を追いつめた「乃木稀典」、シンガポールのイギリス要塞を背後から急襲してあっという間に壊滅させた「マレーの虎」の異名をもつ山下奉文」などが思い浮かぶ。ノーベル賞を獲得した川端康成は一部の文藝評論家や好事家には知られていても、「世界の」という冠には無理があり、むしろ、戦後すぐにノーベル物理学賞を得た「湯川秀樹」のほうが「世界の」という「冠」にふさわしいかも知れない。

 スポーツの世界はそれぞれに嗜好があり、ボクシングのヘビー級タイトルホールダーだった「タイソン」や「アリ」などは比肩できるが、日本のボクサーは軽量級だから、日本人は知っていても、世界に知られてはいないだろう。しかし、柔道の「やわらチャン」は「世界の」という冠に恥ずかしくない成績を残し、異論はあるまい。

 問題は、日本人が「世界の」という「冠」をつける場合、アングルの拠りどころは欧米にあり、欧米で評価されたとたん、日本の評論家には見向きもされなかった芸術家の名が一躍、新聞紙上に躍るというケースが頻繁にあることで、欧米に振り舞わされている感が抜きがたくある。音楽、絵画といった芸術の世界では、日本の評論家は自力で評価する力をもたず、欧米の反応を待って評価を決めているがごとき感するある。

 小澤征爾にしても、彼がこの旅行と留学で、つまりは欧米で評価されたからこそ、20代の若さでこのような著作を書くチャンスを得たわけで、日本中が驚愕の渦に巻き込まれた様子が手にとるように理解できる。

 もし、東南アジアでだもれが知っている日本人を挙げれば、間違いなくTVでドラマ化された「おしん」であり、欧米では問題にされなかった「おしん」も、東南アジアでは超有名人、どこに行っても「おしんは元気ですか」と訊かれる。「今一番会ってみたい日本人は?」との問いには、異口同音に「おしん」という言葉が返ってくる。もう一つは「ドラえもん」であり、後者の方が欧米の子共に知られている。

 「音楽の世界は万国共通語である」との言葉には瞠目した。

 解説者は手紙の量の多さについて「小澤征爾の優しさである」としているが、これには少し異論がある。1960年前後の長期にわたる旅や留学といえば、庶民感覚からは「死水を交わして」というほどの「大事(おおごと)だったはずで、外地にあっては孤独と寂寥が伴い、故郷を想い偲ぶことが頻繁に起こる。だからこそ、手紙を書くことで沈みがちな心を慰撫したのではなかったか。

 著者が本書を書けたのも、彼が日本の家族、友人、知己に書いた手紙を兄弟が集め、スクラップしていたからこそ書けたもので、自分が外地で受け取った手紙の内容についてはほとんど触れられていないのは、帰国前に捨ててしまった可能性が強い。

 むろん、小澤征爾という人格に優しさが欠落しているという意味ではない。


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