帰還せず/青沼陽一郎著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

帰還せず

「帰還せず」 青沼陽一郎(1968年生/ノンフィクション作家)著
副題:残留日本兵六〇年目の証言
帯広告:生き抜くために私は日本を棄てた
2006年 新潮社より単行本出版
2009年8月 新潮社より文庫化初版 ¥629+税

 本書で扱われているのは、インパール作戦で旧ビルマ(ミャンマー)からタイへ英印軍に追われてさんざんな目に遭いながら撤退した兵士、地下資源を獲得するためにインドネシアの旧宗主国、オランダ軍を追い出したあと、まったく戦闘を経験せずに終戦を迎えた兵士、さらにはベトナムに残留した兵士らで、作者は日本に帰国せず現地に残留した人物を対象に直接インタビューをくりかえしてまとめたもの、労作といっていい。

 つまり、戦後かなりの期間を経て帰国した横井さんとか、フィリピンの島から帰還した一人がいたけれども、本書の作者が取材対象としたのは帰国しようとしない元日本兵の心境とともに、現状を調査することだった。

 ビルマには旧日本軍が捕虜を酷使してつくった泰緬鉄道がビルマ領からタイまで工事区間として400キロあり、途次に橋があり、「クロイ川マーチ」の「戦場を架ける橋」という映画にもなったところだが、撤退時に鉄道を利用できた兵士らは幸運にも早目にタイに到着することができ、ほとんどは終戦間もなく帰国している。

 一方、鉄道を利用できなかった兵士らには死の行軍となり、タイへの道々には日本兵士らがマラリアやコレラにかかって死亡した遺体が腐乱したまま放置されたという。同じことはフィリピン山地でも頻繁に起こっている。

 インドネシアで終戦を迎えた兵士らは戦闘の経験がなかったばかりに、目的意識を喪失、事態にどう対処すべきか茫然、多くの兵士が迷った末ちょうど勃発した対オランダ独立戦争に参加した。

 (戦闘の手法を知らない現地人を指導したり、先導したりもしている)。

 「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」という孫子の言葉の好きな日本軍人が、敵だけでなく己の力さえ適切には知らぬまま突入した太平洋戦争。ときの首相、東条英機は、『米国軍は物量に頼って戦争をするが、日本軍は精神力で戦争をする。物量には限度があるが、精神力は無尽蔵である』との勝手な暴言を吐ながら、一方で軍部は「鉄と油を日本本土に送れ」と急き立てた。鉄と油がなくて戦争などできるわけがないのは常識以前の話。

 帰国を首肯しなかった兵士らのなかにはブラジル生まれの日系人や台湾生まれの日本人も含まれていたという話は初の知見。

 残留者それぞれの戦後人生には、戦後の日本人には鳥肌の立つ思いのするものもあり、それぞれの残留者にはそれぞれの曰く言いがたい人生があったことも知った。

 作者のインタビューを通し、戦前生まれの日本男児の気概、一徹さに触れた思いがする。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ