NHK vs 日本政治/エリス・クラウス著

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「NHK vs 日本政治」
エリス・クラウス (Ellis Krauss/アメリカ人)著
村松岐夫監訳  後藤潤平訳
東洋経済刊  単行本 2006年11月初版

 国際関係を主な研究対象とするアメリカ人大学教授がNHKについて書いたことに、まず、驚いた。

 なぜなら、アメリカのTVのほとんどが商業放送であり、内容的には通俗的で、演出過剰、大衆に迎合的で、暴力的な(迫力があるともいえるが)場面の映像を好んで伝えることを知っていたからだ。アメリカ人はみずから、これを「Race to the Bottom」(悪化に向かうレース)と呼んでいる。また、「アメリカのTV局はUPIやAP通信から得た情報に依存しているため内容が多彩で、国際的である」という点もよく解る。その点、日本のテレビ放映は国際情勢に関するニュースが少なく、私はいつも苛々している。

 著者が指摘しているように、NHKのニュース番組は常時、中立的な立場を堅持、ニュースはアナウンサーが紙に書かれた文章を読み、映像はそれを補完する程度のもので、どこからも批判されないように番組づくりをしているかに感ずる。要するに、事実をありのままに報道するだけで、みずからの意見、識見を口にしない、味気ない放送に徹しているのは、指摘されるまでもなく、理解できる。とはいえ、そういう姿勢が誠実で真面目な印象を、少なくとも、日本人に与えていることもまた事実であり、「NHKはそうあるべきだ」と考える日本人が多いのも事実。

 「NHKの運営費がすべて受信料でまかなわれ、特殊法人である事実を日本人が意外に知らない」と指摘してもいるが、それは毎年、内容のあり方、必要とあらば受信料の値上げ、現在なら不払い者への罰則規定など、国会の承認を得なければならないという法律の存在に根があるような気がする。

 おっしゃるように、国会の承認を受けなければならないという実態は、長期間にわたって一党独裁が可能だったわが国では、自民党への格別な配慮や根回しが裏舞台であったし、現にあるのではないかという憶測を生んでいる。 と同時に、必要以上と思われるほど官僚に気を使う結果をも招いている。「政治家と記者とが相互依存の関係に陥る」のは互いにそれが利益を生むからだ。

 受信料値上げを認める代償として、「16,000人いた従業員を12,000人にまで削った」ことは知らなかった。また、「拠点は日本全国に54か所、海外に27局を配置している」という。「1997年の調査によれば、NHKへの信頼度は新聞、裁判所、民放、国会、政府よりも高かった。

 「日本人の62%がNHKは民営化されるべきだと考えているという統計がある」ことも知らなかったが、これこそ民主主義という社会が生んだ多数決主義の恐ろしさを伝えるに充分な数値だ。愚民による多数決ですべてを決められては、NHKまでが例の民放TVのような放埓で、下品で、やらせ主義の映像を流すことになり、文字通り、視聴率至上主義に陥って、国民は白痴化するだろう。

 先進諸国なら、どの国にも官僚という組織は存在するが、日本の官僚はどこの国よりも強いらしい。個人名は表立って出ることはなく、常に集団として影のようにつきまとっている。日本の政治は政治家ではなく、利権に執着する官僚によって動かされているのではないか。政治家が官僚を使っているのではなく、知らぬうちに立場は逆転して、政治家が官僚に使われているのだ。政治家にウスノロやボンクラやボンボンが多いのに比し、官僚のIQは揃って高い。

 だから、彼らは仲間と自らのために、退職後の「天下り先」「渡り先」を懸命に探すし、懸命に造りもする。「天下り」を許容する企業には必然的に、ことが起きてもそれなりの配慮があるが、「天下り」を拒否する企業にはちょっとしたことも公表されるばかりか、営業停止期間をことさら長くするなどの意地悪を平然と行なう。現政権に「官僚の天下り」を徹底して取り締まる力はないだろう。官僚出身の政治家もいるのだから。とすれば、NHKが官僚に気使いしたとしても、これを責めることはできまい。

 「どの国家もマスメディアの社会的影響力には覚醒しているし、その制度の存在を考慮することなく、現代社会を分析することは不可能」との意見はご尤もである。「国家はマスメディアのもつ潜在的な影響力を脅威とみなしているし、そのため規制や干渉という誘惑にも駆られる」。だから、「国家と公共放送機関とのあいだには、必然的に利益と管轄権をめぐる対立が潜在している」。

 とはいえ、中国、ロシア、北朝鮮、インドネシアのように、放映内容をがんじがらめに束縛する国に比べれば、NHKの番組の現状はきわめて自由であり、よく吟味されていると評価できる。

 「法的、財政的な規定からいえば、先進民主主義国のあらゆる公共放送事業者と比べても、NHKに対する国家の直接的コントロールも影響力も小さい。にも拘わらず、官僚機構への過剰な配慮が感じられることが不可解」だと言う。私に不可解なのは、政治に関して、第一党の自民党に対しても、他の極小党に対しても、それぞれの党首に同じ時間を与えて意見を言わせることだ。

 日本のTVはNHKだけでなく、民法を含め、人間の死体を映像に流すことはしない。これは、日本人がとくに戦後に持ったマナーというものであり、それが迫力不足の映像に結果しているとしても、西欧や他国の放映手法を真似する必要はない。ただ、死骸を放映することで国民に与える影響には善悪の両面があるだろう。戦後の日本人が人間の死体を見るのは親族の葬儀時か、目前で交通事故があった時だけに限られている。

 「NHKの国際ニュースの優先度は低い。国内の社会的な出来事の報道が圧倒的に多い」との意見はその通りで、このあたりは工夫が必要に感じる。

 「7:00pmニュースは地方の、教育の高くない人々を対象に考えられ、9:00pm放送は都会のホワイトカラー族を対象に考えてつくられている」との説は正しい。

 「受信料の値上げは認めて、不払い者への罰則規定がないというのは、受信料を真面目に払っている人間ばかりに負担が増えることを意味する」との意見は全くその通であり、国会で承認され、法的な整備がなされるべきだろう。

 日本人ではなく、アメリカ人がNHKに関して、かくも膨大な資料、文献を漁り、長期にわたる時間をかけて、かくも分厚い単行本を書いたことの努力と誠意に感謝したい。

 最後に一つだけ言っておくが、これまでのところ、NHKの番組は民放を圧して秀逸であるし、見ごたえもある。NHKがなければ、私はTVというものを見たいとは思わない。むろん、NHKの番組がすべて当を得た番組だとは思っていないが。


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