阿片の中国史/譚璐美(タン・ロミ)著

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「阿片の中国史」 タン・ロミ(譚璐美/女性作家)著
新潮新書   2005年9月初出

 阿片のことは久しく知りたかったから、書店で思わず手にとった。

 著者は中国人と日本人とのハーフであり、日本で育ったから日本語は当然達者。その意味でこの種の書物を著わすには適切な人選かも知れない。

 著者は中国の阿片との関係や因縁を紀元前にまでさかのぼって、歴史的な記録に執念し、それらを一つ一つ解説しつつ、最終的に、「なぜ、イギリスが阿片を大量に中国(当時の清朝)にもちこんだか、そして、それが起因してなぜ「阿片戦争に至ったか」、さらに「日本への影響はどうだったか」を解説する。

 われわれが知るかぎり、清朝時代、上は皇室のとりまきから下は庶民までが阿片に酔い、そうした場面もしばしばテレビドラマで拝見している。ほとんど全国民が麻薬に耽溺したという歴史は、中国以外にはなく、不思議な現象というしかない。

 時代的には清王朝がもやは往年の迫力も為政者としてのパワーも失っていた時代で、欧米の植民地獲得競争に明け暮れていた連中からみたら、中国は物資は豊富だし、船に荷を積載して帰国すれば母国で巨万の富を生むこと請け合いという、願ってもないターゲットだった。

 「なぜ、イギリスが阿片をもちこんだか」という問いには、「イギリスとしては中国から欲しいものが大量にあるのに比べ、イギリスからは中国に喜んでもらえそうなものがなかった」ことから、かれらはインドのベンガル地方における芥子の栽培に目をつけた。これに改良を加えることで製品としての価値を高め、陶器、織物、絹などの支払いがまかなえることを確信したという。国として麻薬を栽培したという点では、現在の北朝鮮や南米のどこかの国と変わるところはない。

 この頃、ちなみに、日本からは緑茶が、中国からは武夷茶(ウーロン茶の一種)が欧州にもちこまれたが、日本の緑茶は西欧人に受けなかった。 緑茶の美味がわかるのは日本人でもかなり大人になってからで、味蕾(みらい)に劣る(とくに渋味のわからぬ)かれらには無理もなかった。 とはいえ、中国茶のほうもそのままではイギリス人の志向にあわず、「紅茶」というものを創造し、あげく紅茶を飲む陶器セットまでつくった。 セイロン島(現スリランカ)ではイギリス人の嗜好に合わせて紅茶をつくり、輸出ビジネスとした。

 当時、清王朝は末期に近く、皇帝に適切なアドバイスをする人材が欠けていたこともあるだろう。また、ために、庶民が塗炭の貧窮に喘いでいたこともあるだろう。イギリスが意図的に清朝を瓦解させ、国中を阿片窟にする目的をもってことに当たったことは事実だが、清朝が支配する社会実態が阿片を容易に受け容れる素地となっていたのではないとか著者はいう。

 では、「なぜ、日本には西欧列強が阿片を持ち込んで、日本の質のよい銀を狙わなかったのか」 という問いには、「当時、イギリスはヴェトナムを植民地化していたフランスとの関係が戦争勃発寸前の世情にあり、一方、ロシアとオスマン・トルコの関係に皹(ひび)が入っていて、クリミアにも一触即発の危機があった。ために、イギリスとしてはもてる軍艦、軍隊を東南アジアに集結させてしまうわけにはいかなかった。 と、同時に、日本という国には良質の銀もすでに掘り尽くされ、他に西欧人の目を惹く資源はなかったという実情があり、この二つの状況が日本を阿片から守ったのだという。

 また、清王朝がイギリスに負けたことが日本にとっては大きなショックだったらしく、ために「阿片」の功罪が誇張して伝えられたきらいもある。(ちなみに、中国では、阿片は古来から薬用として用いられたという歴史があlり、イギリスによる阿片の持ち込みにはそれほどの抵抗感はなかった)。姑息だが、「清弱し」との感慨が「日清戦争」への引き金になり、あたかも赤子の手をねじるように日本の勝利に終わり、台湾を割譲させ、賠償金までとった。

 しかも、この阿片への依存、「阿片を通貨や貨幣なみに扱う」という手法は毛沢東の一万二千里の逃避行時にも、村や街の土蔵を襲って、食をつなぎ、阿片に依存して、政権を樹立したのだという事実もちょっとした驚きだった。

 最後に、本書に関して感じたことを忌憚なくいえば、近代中国が阿片との直接的な場面を持つあたりからはテンポがよく、まとまりもよく、読者を引っ張っていく力があるが、前半の過去の記録がやや冗漫であり、饒舌であったことで、もたる部分がある。杞憂であればよいが、人によっては読書を途中で放棄してしまう可能性も否めない。

 さらに、歴史を書く以上、書き手が男か女か、わからないような文体が、私は好ましいと思う。

 イギリスやフランスが中国やヴェトナムに対して行った悪辣非道は、日本の軍の比ではないと思うのだが、このあたりの歴史的認識を中国人はどう考えているのだろうか。 現今、叫ばれている「靖国神社」や「教科書」の問題を想起すると、複雑な心境になるし、腑に落ちない。中国人にも日本人と同様の、「対白人劣等意識」に根をもつ遠慮があるのであろう。


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